[ 神原通信 ]

 

2019年5月16日(木

遠く山形で広がる僕のチャイ>

 GWに入る前に、山形に住んでる大友君から茶葉の注文が来ました。

「タイトル:またまたチャイのおじさんします。

 神原さん、こんにちは。
 
 山形は、桜もそろそろ散り始めてきて、葉桜も多くなってきました。
僕の実家の秋田は、今から咲き始める感じです。大阪はもう夏みたいに暑いですか?笑
GWに友だちに誘ってもらって、チャイのおじさんとしてまたチャイを販売することになりました。
 今回はかなり人手が多いイベントらしく、100杯分くらいを用意していこうなんて考えてます。
ちなみにそれだと茶葉はいくらぐらいになりますか?」

 大友君とは、2013年に僕のワークショップに参加してくれて、それ以来の付き合いです。その彼が、僕のワークショップの感想をブログに書いてくれたことがあり、それをこれからご紹介します。

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<チャイとおじさん>

 先日、「カメリアパートメント」という、ご近所の雑貨屋さんに行ってきました。
チャイのワークショップに参加するためです。
チャイはシナモンが入っているので、そんなに好きではなかったのですが、奥さんが行こうって誘ってくれました。
雑貨屋でチャイ作り、おもしろいですね。テーブルの上にいろいろな道具が置いてあって、いい感じのおじさんが準備をしていました。

チャイの生まれた歴史、背景、チャイに適した茶葉、チャイを作るのに必要な道具、手順、こだわりの話を、楽しそうに話してくれるおじさん。

実際に教えてくれた通りに、お水、牛乳、茶葉の分量を計り、お水をミルクパンに注ぎ、アッサム系の茶葉を入れ、それをIHで煮立たせます。 少しすると、茶葉の成分が出て来て、茶色になってきます。

おじさんはカンテっていうところで働いていたらしく、カンテと言えばトータス松本さんが働いていた場所。ちょうど、先月、長崎のライブに行きましたが、そのトータス松本さんとおじさんは一緒に働いていたみたいです。

カメリ1

牛乳を入れると、こんな風にモコモコしてきます。けど、ここでビビらないのが肝心。ここで簡単に火を弱めてしまうと水っぽいチャイになってしまうそうです。吹きこぼれないように、ちょっと茶葉を散らしながらも煮つめること2分。

火を止めて、熱々のチャイをコップに注ぎます。
そして出来たのが、このチャイ。

カメリ2

飲み方も様になってますね。 この飲み方も肝心で、女の子から見てかっこよく見えるため(笑)みたいです。そういうこだわりも大事 。

今回のチャイは、スパイスを入れないもので、シナモンも入っていなかったので、めちゃくちゃおいしく飲めました。
チャイ=シナモンと思っていましたが、そうではないのですね。

こだわりがあるけど、それを他人に押し付けることなく、ただただ自分のおもしろさ、楽しさのために、とことんこだわっている。

僕もこだわりはあるけど、話しやすい軽やかさを持った、そんなおじさんにいつかなりたいものです。

Yuta(2013/3/23)

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大友君は、それから2年後、子供の出産&子育てのため、奥さんの実家がある山形に引っ越しました。彼は、僕の教えた「チャイの作り方」を練習し、何度かイベントに参加して、夏はアイスチャイ、冬はホットチャイを山形の人達に提供しているようです。
 僕が「チャイの旅」で東北を制覇するのは、かなり先の話になりそうなので、僕の代わりに大友君を神様が与えてくれたんだと、そういう風に考えています。

先のメールの返事はこうです。

「そうですね。100人だと一人当たり3gだから100gパック3個でいいでしょう。1個800円だから3個で2,400円、それと送料が360円だから、合計で2,760円です。明日、レターパックライトで送りますので、しばらくお待ちください。」

その後、まだGW中の結果は報告されていませんが、天気もまずまずだったし、アイスチャイなら売れたんじゃないかな。

彼には「君の子供が5歳ぐらいになったら会いに行きます。」って以前メールしたので、来年ぐらいは「チャイの旅」ができるような予感がします。ついでに新潟の五十嵐さんとこにも行かなきゃ。(笑)

 

 

2019年5月15日(水

<『イン・ザ・キー・オブ・ディズニー』>

 ビーチボーイズのブライアン・ウィルソンが2011年に、ディズニーの映画の主題歌だけを歌ったアルバムがあります。どういう経緯でそうなったのかは知りませんが、彼の選んだディズニーの曲にそれほど興味がなかったので今まで聴いてなかったのですが、Apple Musicにあったので試しに聴いてみることにしました。
 1950年代後半のロックンロール調あり、しっとり聴かせるポップスあり、それになぜか全曲のボーカルがいつものように不安定ではなくてうまく歌い上げてるので、そこそこ面白いとは思いましたが、それほど時間をかけた録音のようでもないし、昼寝用に選曲せずアルバムのまま聴いていました。
 それからしばらく聴いていたんですが、やっぱりブライアン、耳について離れないのです。今までのソロアルバムに比べてまとまりがよく、明るいし、気軽に聴けてしまうのがいいですね。そこで今回は、全曲の詳細を調べてみることにしました。

1 君はともだち

映画『トイ・ストーリー』
作詞・作曲:ランディ・ニューマン

本家ランディ・ニューマンより聴きやすい。

2 ザ・ベア・ネセシティ

映画『ジャングル・ブック』
作詞・作曲:Terry Gilkyson

ジャングル・ブックはいい映画です。楽しい。

3 私の赤ちゃん 映画『ダンボ』
作詞・作曲:Frank Churchill & Ned Washington

ティム・バートンの「ダンボ」が早く観たいです。
4 キス・ザ・ガール

映画『リトル・マーメイド』
作詞・作曲;Alan Menken & Haward Ashman

この映画にはとっかかりが全くないので観ていません。

5 カラー・オブ・ザ・ウィンド 映画『ポカホンタス』
作詞・作曲:Alan Menken & Stephan Schwartz

いい曲です。ヴァネッサ・ウィリアムズのはこちら。
6 愛を感じて 映画『ライオン・キング』
作詞・作曲:エルトン・ジョン & Tim Rice

エルトン・ジョンが音楽を担当していたのは知りませんでした。
エルトン・ジョンのバージョンはこちら。
7 僕らはひとつ 映画『トイ・ストーリー3』
作詞・作曲:ランディ・ニューマン

この曲は知らなかった。ランディ・ニューマンのはこちら。
8 王様になるのが待ちきれない 映画『ライオン・キング』
作詞・作曲:エルトン・ジョン & Tim Rice

楽しい曲です。エルトン・ジョンのはこちら。
9 眠らないで 映画『メリー・ポピンズ』
作詞・作曲:リチャード&ロバート・シャーマン

メリー・ポピンズは、シャーマン兄弟の音楽が素晴らしい。
10 ハイ・ホー/口笛をふいて働こう/ ヨー・ホー 映画『白雪姫〜カリブの海賊』
作詞・作曲:Frank Churchill, Lanny Movey, Xavier Atencio & George Bruns

「スマイル」っぽく聞こえました。
11 星に願いを 映画『ピノキオ』
作詞・作曲:Ned Washington & Leigh Harline

ブライアンらしさのない曲ですが、普通に名曲です。
12 夢はひそかに 映画『シンデレラ』
作詞・作曲:Jenny Livingston & Al Hoffman

ウォルト・ディズニー全盛期のアニメですね。
シンデレラバージョンはこちら。
13 世界に平和を 映画『わんわん物語』
作詞・作曲:Sonny Burke & Peggy Lee

12&13はボーナス・トラックです。

 ブライアンは、この後、ガーシュインのカバーアルバムを作るんだけど、これはノレませんでした。ガーシュインに対するアメリカ人の思い入れは、僕には理解できません。

 さて、ビーチ・ボイーズは、2012年の50周年ライブ以降またまた2つに分裂し、マイクとブルースの2人が「ザ・ビーチ・ボーイズ」を名乗っていますが、「それってどうよ?」。





 

2019年5月13日(月

金沢でのイベント『スパイスと泡』でチャイレッスン>

 11日(土)と12日(日)に、金沢市しいのき迎賓館の広場を使ってのクラフトビール&カレー等の飲食イベントの一画を借りて、チャイのワークショップを行ってきました。

 今回の募集は一応予約を受け付けてはいましたが、当日参加もあり(定員10名)だったので、最低3人〜最高10人までの変則的なチャイレッスンになりました。ま、以前に生徒さんひとりで90分やったこともあるので、アドリブは効きますけどね。(笑)

 初回は4人の生徒さん。まずまずの出だしでした。ウォーミングアップに最適。その後が10名で1時間なので、一応てんてこ舞いなんですが、勢いに任せてブワ〜っとハイテンションで突っ走るので、これはこれでけっこう楽しめました。「チャイができたら、金沢名物:あんころ食べてね!」って大声で叫んだり・・・。いつものことながら 洗い物担当者は大変なんですが。
 その後が5名。これぐらいならもう余裕ですね。(笑)

 さて、やっぱり金沢まで来ると「カンテ・グランデ」の名前はほとんど知らない人達ばかりで、それに「ウルフルズ」の名前も一切出て来ないので、純粋にチャイを学びに来られた方達ばかりでした。イベントスタッフの水口さんが言ってましたが、「みんな食い入るように神原さんの話を聞いたり、一挙手一投足を見てて、まじめだなあ。」って。いやいや、僕のワークショップに来られる人たちは、どこでもみんな真面目なんです、ホント。だって、チャイの話なんてTVじゃどこもやってないし、YouTubeぐらいしか参考になるものはないし、それも、画面からは香りも味も得られるわけじゃないから、やっぱり僕のワークショップは貴重なんですよ、僕が思っている以上に、きっと。
 だから、みなさん、自分で作ったチャイを飲んで「おいしい!」って感激されるんですよ。見よう見まねじゃなくて、僕の指導するまま作っちゃうんですから。でも、「先生のほうがおいしい」って。同じ水、同じ牛乳、同じ茶葉を使って、同じ時間内で作り、できあがりの量もそれほど変わらないのに、出来上がったチャイの味は微妙に違うのはなぜ?・・・これは僕にも正確な答えは出ないんですが、目で見えていない鍋の中の微妙な成分の出方が、僕には無意識に見えるのかも。「これぐらいの水の量の時には味はこれぐらいで、この牛乳の泡の出方はこんな味かも」って最適な頃合いが分かるんでしょうね。まあ、40年近くチャイを作ってるんですから、それぐらい分かってもいいんじゃない?
 二日目の初回には、なんと小学生がお母さんの付き添いで参加。いつもはお母さんにチャイを作ってもらってるようですが、今日は自分ひとりで作ってみることにしたんだとか。おそるおそる作っていましたが、出来上がったチャイを飲んで「おいしい」って言ってくれましたし、あんころと一緒に飲んだら「めっちゃ合う!」って。(笑)
 僕もあんこ好きだから、その感想よく分かります。

 最後の回は、若い人達ばかりでワイワイガヤガヤ、僕も調子に乗って他では言えないような強気の発言ばかり。(怖い怖い)でも、こういうのが楽しいんですよ。しかめっ面してしゃべってもそんなのちっとも面白くないし。

 二日間、カレーも食べたし、おいしい刺身も食べたし、カレーの学校の卒業生の皆さんともしゃべれたし、サンダーバードにも乗ったし、金沢の繁華街も見れたし、金沢城の石垣も見れたし、楽しませていただきました。「チャイの旅」はやっぱり楽しいもんです。

 余談ですが、東京のワークショップに新潟から来られていた五十嵐さんという方が今回も4時間かけて来られて、終わったらすぐにまた4時間かけて帰られました。お土産に、以前僕がブログに上げてた新潟浪花屋の「元祖柿の種」を産地直送してくれました。

 柿の種

 右から左回りに「元祖柿の種」「えだ豆あられ(新潟県産もち米100%)」「ビター柿チョコ」「大辛口柿の種」です。どれもおいしいですけど、ビターチョコが止まりません。大辛口はほんとに辛い!です。ビールに合うかも。「辛い」で思い出しましたが、カレーの水野さんから「唐辛子を使ったチャイってありますか?」と思いもかけない質問を頂きました。「ホットチャイって『辛いチャイ』のことかもしれないと思って」。そういう解釈もあるんですね。辛いチャイかぁ・・・。生姜の辛さとチリの辛さは違うからなぁ。まあ、できないこともないけど、飲まないでしょうね。インドの人でも、カレーを食べた後に(プレーン)チャイを飲むことに賛否両論があるって聞きました。カレーの辛さで紅茶の味を消されたくないからしばらくしてからチャイを飲むとか。それ、よく分かります。「カンテ・グランデ」で違和感があったのは、カレーを食べている人の横で紅茶や(プレーン)チャイを飲むことです。紅茶やチャイの香りや味を楽しみたいのにカレーの方が強烈なんで、ちょっと抵抗がありました。僕はこれでもけっこうデリケートなんですよ。(笑)

 

 
 

2019年5月10日(金

ビフォー&アフター>

 管理員を1年半やってて楽しくなったのが除草です。抜き終わったあとの達成感ですかね。きれいになった庭を見るのはやっぱり気持ちいいもんです。しかし、場所によっては抜いても抜いてもどんどん出てくるところもあるし、あっという間に背が高くなって「いつの間に!」ってけっこうショックだったりもします。
 先日、建物と道路の隙間に芝生を敷いてるところが4ヶ所ぐらいあるんだけど、普段は鍵が掛かってて入らないところがあります。そこの雑草はでかくて量もたくさんあるので、去年は植栽の専門会社に任せたんですが、今年は来てくれるのが5月の下旬になるとかで、毎日気になっていたので、「じゃあ、仕方がない。自分でやってみるか。」と思い立ち、狭い敷地に入った時の写真がこれです。

ビフォー

これ全部雑草です。写真ではでかさが伝わらないけど、両手で引っこ抜く感じです。抜き続けた結果が下の写真。

アフター

45Lのゴミ袋が1.5杯分。すごく重い。ここを午前中に、もう1ヶ所は午後から。

「抜いてヤッたぜ!チクショーッ!」

と心の中で叫んだ一日でした。

 

 

2019年5月9日(木

アル・ジャーディンがすごい>

 ブライアン・ウィルソンのソロアルバムが、今は11作もあるという。最初にアルバムが出た時は感激で一日中聴いていたかもしれない。だけど、2作目、3作目と出る度に「なんだか違う」という気になって、2004年の「SMILE」以降、聴かなくなった。Apple Musicで全てのアルバムが聴ける今、一応2015年の「No Pier Presure」を聴いてみた。1曲目を聴いて、ブライアンの声がさらにひどくなっているのが分かった。

 2曲目以降、本人もそのことが分かっているのか、誰かとパートナーを組んで自分は無難なパートを歌うことにしている。で、色んな人とパートナーを組んでいるんだけど、最近のミュージシャンは知らないので、飛ばして聴くことになる。3曲目から登場するアル・ジャーディンが、いい。現在76歳だからこの時は72歳か。でも、声が全然衰えてない。逆に昔よりうまくなってる気がする。

 「Tell Me Why」(feat. Al Jardine)・・・アル・ジャーディンのパートだけ聞き応えがある。

 YouTubeでは、2012年に発表された彼の初のソロ・アルバム「A Postcard From California」が聴ける。

「A CALIFORNIA SAGA (A. Jardine)」では、ニール・ヤングと共演してる。

 恐るべし、アル・ジャーディン。


 

 

2019年5月6日(月

『ameen's oven』でチャイレッスン>

 5月4日(土)、大阪の予想最高気温は27℃、神戸のそれは25℃でしたが、夙川の「アミーンズ・オーブン」さんのテラスは木陰ということもあり、暑くもなく寒くもなく、ダンガリーシャツでちょうどいい感じのワークショップ日和でした。

アミーンズ

 10時にセッティングを始め、一通り準備ができたらチャイの3杯点てをして、お店の入口で販売させてもらう茶葉の試飲用の魔法瓶を用意しました。その魔法瓶は奥田さんに渡して「よろしくお願いします。」と送り出します。ボランティアなのに。

 さて、1回目は6人の生徒さん達。内1名はお店のスタッフの方。皆さん兵庫県の方かなと思っていたら、大阪や京都から来ていただいたようです。ありがとうございました。
 いつものように自己紹介は手短に済ませ、まずは僕がひとりでチャイのデモンストレーションを行います。
 今日のチャイは「ワイルド・シナモン・チャイ」。ジンジャーを効かせるため2.5gを使用しました。水も牛乳も計量し、時間もちゃんと計るのは、いつも同じチャイを創り出すための最低条件です。こうすると、ちゃんと130ccのチャイができあがり、今日も気分よく講習をすることができました。
 この日はコンロが3台準備できたので、6人を約40分で回せました。ただし、3台とも火力が違うし、鍋の材質も違うので、少々できあがりにバラつきがありましたが、僕の使っている茶葉は、出来上がりが少なくても味にはそれほど影響しないタイプなので、安心して講義できます。逆に出来上がりが多いともう一度煮立てて30秒もすると、130ccにぴたりとできたりして、もうここまで来ると慣れですけどね。

 30分の休憩を挟み2回目へ。7人の生徒さんの中には、僕の本を買っていただいた時には芦屋でのワークショップに間に合わなかった方がいらっしゃって、今回のレッスンには妹さんと一緒に参加してくれました。あとで感想をお聞きしたのですが、「本で読むのと実際に目の前でチャイを作っているを見るのとでは、やっぱり違います。」と言うことでした。本ではできるだけ分かりやすく書いたつもりでも、微妙なニュアンスまでは伝わらないんですよね。それからもうひとり、徳島県から来られた方がいました。この方も「まずは本物の味を知らねば!」とわざわざ来ていただいたんです。ありがとうございました。

 3回目の生徒さんの中にはどっかで見たことがある人がいて、お尋ねしたら、「40年前からカンテに客として通っている」と言われ、そういえば昔から顔だけは知ってる方でした。ご一緒された方もかなりチャイに詳しい方たちでしたので、講習の後半は、カンテの話やインドの話とか、結構コアな話で盛り上がりました。(笑)

 「アミーンズ・オーブン」さんは始めての場所でしたが、すごく気楽にワークショップができてまた次もあるかな?と予感させるお店でした。

 今回、参加していただいた皆さん、本当にありがとうございました。続けて次回も来ていただけるようにネタを仕入れておきますね。

 

 

2019年5月1日(水

チャイの情報をインスタで>

 一昨日から、インスタグラムで「チャイに関する情報を壁新聞的に発信する」ことを始めました。発信者は、僕と奥田さん。奥田さんは、最近のチャイのワークショップの写真などを、僕は「チャイの旅」に載せられなかった写真やメモなどを中心に、日々のことを載せていこうと思っています。今度はインスタなので、コメントの書き込みもできますし。

「chai_wall_newspaper」

どうぞ、よろしく。

 

 

2019年4月30日(火

『宇宙家族ロビンソン』鑑賞>

 前から観たいと思っていた『宇宙家族ロビンソン』のシーズン1(全29話)が、Amazonで安く売っていたので一ヶ月前に買って、毎日1話(約1時間)を目標に鑑賞し、今日見終わりました。

 さて、今回もWikipediaを要約してみます。

ロビンソン

【宇宙家族ロビンソン】(原題:Lost in Space)は、1965年から1968年までCBSネットワークで放送されていた、アメリカ製SFドラマ。「原子力潜水艦シービュー号」や「タイムトンネル」でも知られるアーウィン・アレンの制作。(後に映画「ポセイドン・アドベンチャー』を制作)
 日本では1966年から1968年にかけて、第2シーズンまでがTBS系で放送された。

 あらすじは、1997年(番組内年度)、人口問題を解決するため人類は宇宙移住計画、通称「アルファ計画」を開始した。ロビンソン一家は初の宇宙移民として、アルファ・ケンタウリのアルファ・セントリー星を目指して飛び立った。しかし、スパイのドクター・スミスが紛れ込んでいたため、宇宙船ジュピター2号は重量オーバーから軌道を外れ、目的外の惑星に着陸するはめになった。あくまでもアルファ・セントリー星を目指そうとするロビンソン一家に対し、ドクター・スミスは地球帰還工作を陰で進めるため、宇宙船の修理もままならず、未知の惑星上で毎回、未知の生物などと冒険が繰り返された。

 第1シーズンは、白黒で制作された。このため現在日本では放映される機会が少ない。ストーリーは比較的硬派SF調であり、毎回起こる事件によって、ロビンソン一家やドクター・スミスが死の危険にさらされることも珍しくない。

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 1966年は、ビートルズが来日した年。僕は12歳で、小学6年生。当時の小学生は「SF」「怪獣」「スパイ」「忍者」「恐竜」「グループサウンズ」「ロボット」に夢中でした。特にSFは、「2001年宇宙の旅」が公開される前でしたから、TVに登場する非現実的なおどろおどろしい宇宙人や怪物が子供心をわしづかみにしていた時代なので、金曜夜8時のこの「宇宙家族ロビンソン」を観るために、日本全国の少年少女がワクワクしながらTVにかじりついていたはずです。

 僕をこの番組の虜にした理由のひとつに、ウイル・ロビンソンという少年がいます。彼は科学好きでメカに強く、宇宙にも詳しい。円盤に乗って宇宙へ飛び出し、色々な冒険に出くわすのです。なんと、ウイルの設定は12歳だとか。まさに、ドンピシャです。
 そして、もうひとつ、ロボットの登場です。

フライデイ

 彼の名前は「フライデー」。一般公募された名前から選ばれました。「ロビンソン・クルーソー」からの連想で。それにちょうど金曜日だったし。それも日本でだけ。アメリカでは単に「ロボット」と言われていたそうです。

 このフライデー、原型は映画「禁断の惑星」に登場したロボット「ロビー」です。ロビーと違うのは、足で動くのではなくて、キャタピラで動くということ。それに腕が伸縮します。このロボット見たさに番組を観ていたロボットマニアは意外と多いと思いますね。

  僕が40歳を過ぎた頃、おもちゃブームがあり、その時にこの写真のプラモデルを買いました。胸のボタンを押すと、英語で「Danger! Danger! Will Robinson!」としゃべるのです。日本語では「警告!警告!」「危険!危険!」って言ってましたっけ。

 50年ぶりにこのロボットを観てびっくりしたのは、キャタピラで動いているシーンもあるけど、2足歩行のような動きをしているシーンがあったことです。もちろん、足の部分は映していないですが、絶対歩いているはず!ま、そんなことはどうでもいいんです。デザインがかっこいいから許します。

 さて、この番組、作り(演出)は適当ですが、今観ても話は十分面白いです。日本の「ウルトラQ」のような感触もあったりして、ウイルが地球に還る話やお払い箱になったフライデーを助ける話など泣かせる話もありましたし。それにゲストでウォーレン・オーツやマイケル・J・ポラードが出てたし、ロビー・ザ・ロボットも。

 でも、シーズン2はどうしようかな。コメディー中心で評判はそれほど良くないし。

 

2019年4月29日(月

昼寝ビーチボーイズ(地味編)>

 僕はザ・ビーチ・ボーイズマニアです。ま、中ぐらいですけど。一応、「ビーチボーイズ・ストーリー」は上下巻読みましたし、ブライアン・ウィルソンの自伝も読みました。「ペットサウンズ・セッションズ」からインストゥルメンタル部分だけを編集してカンテでも掛けましたし。
 そんな僕ですが、AppleMUSICでアルバムごとに曲を聴いていたら、聞き覚えのない曲に出くわし、自分でもびっくりしています。その中から選んだ曲と、地味でもいい曲があるので、それを繋げて昼寝用に編集してみましたが、どうでしょう。

Oh Darlin'

「Keepin' Summer Alive」(1980) プロデュース:ブルース・ジョンストン
・ブライアンとマイクの共作で、リード・ボーカルはカール・ウィルソン。何度も聴きたくなるカールのボーカルが素晴らしい。ブライアンのボーカルヴァージョンはこちら。でも、やっぱりカールの方が好き。ブラスもいい。

ビーチボーイズ Male Ego

「THE BEACH BOYS '85」(1985) プロデュース:スティーブ・レビン
・ブライアンとマイクとユージン・ランディの共作。この曲になぜ、聞き覚えがないかが分かりました。元々LPには入っておらず、最初はシングル「ゲッチャバック」のB面だったから。僕はシングル盤は買わないので、知らなかったはずです。あとでCDに収録されました。

miu Wind of Change 「M.I.U. Album」(1978) プロデュース:アル・ジャーディン&ロン・アルトバック 作詞・作曲はEd Tuleja & Ron Altbach
ロン・アルトバックの情報は無し。そんなことは関係なく、アル・ジャーディンの声は素晴らしい。
サーフズアップ A Day in the Life of a Tree 「Surf's Up」(1971) 人の一生を木の成長になぞらえた曲で、作曲はブライアン、歌詞はジャック・ライリー。まるで宗教音楽のようです。ボーカルはブライアンのように聞こえますが、ジャック・ライリー(マネージャ)で、後半はヴァン・ダイク・パークスがボーカルを引き継いでいるそうです。
タフ All This is That
「So Tough 」(1972) 超越瞑想をテーマにしたアル・ジャーディンとマイクの作。ジョージ・ハリソンの「All Things Must Pass」と似たようなテーマかな。カールとマイクを中心としたヴォーカル・ハーモニーはさすがビーチボーイズ。
ビーチボーイズ She Believes in Love Again
「THE BEACH BOYS '85」(1985) 作詞・作曲は、ブルース・ジョンストン。彼の曲では一番好きですね。ボーカルは、この時期声の調子の悪かったジョンストンをカバーするようにカールが熱唱しています。
カリフォルニア (Wouldn't It Be Nice to) Live Again 「Made in California」(1971) デニス・ウィルソンの未発表曲。ボーカルはデニス。「So Tough」の「Cuddle Up」に似た曲なので、その頃のかな。でも、数倍名曲です。なぜ発表されなかったのか不思議なくらいです。
ゴーン Summer's Gone

「That's Why God Made the Radio」 (2012) デビューして半世紀。デニスもカールもいなくなり、過ぎ去った夏に想いをはせるブライアン。波と雨の音で終わるビーチ・ボーイズ。

8曲 30分

 

 

2019年4月23日(火

クラフトワーク>

 昨日、クラフトワークのライブに行ってきました。

クラフトワーク

この写真は、フィンランド・ヘルシンキ公演(2018年2月)だそうですが、今回のライブもこんな感じでした。(Wikipediaより)

 アルバム「アウトバーン(1974年)」が英米でヒットした頃は、まだ日本ではそれほど人気がなかったのですが、パンクやテクノが流行っていた1977年にリリースされた「ヨーロッパ特急 」がブレイク。僕もここからファンになり、「 The Man Machine」(1978年)、「Computer World(1981年)」を買った頃には、もう世界的なバンド(グループ?)になっていました。

 信じられないかもしれませんが、昔の中津カンテで、クラフトワークの亜流のテクノMUSICが鳴っていた時期がありました。井上さんの友達(畑中さん)の友達(新幹線の運転手)がカッチカチのドイツテクノファンで、線路を金槌で叩くような音楽を、会話が出来ないぐらいの大音量で、昼間っから掛けていたことを思い出します。

 その後は、テクノの下火とともに興味を失っていたんですが、1993年頃、それまでの曲をリミックスしたアルバム「The Mix」(CD)を、カンテのバイトの鎌田さんにもらって(たぶん要らなかったんでしょう)、また火が着きましたが、カンテではクラフトワークに興味を持っている人がいなかったので、そのことは黙っていました。

 それから15年以上経ち「ツール・ド・フランス (2003年)」が発表され、これまた最高傑作だと思っていたら、今度はライブアルバム「ミニマム・マキシマム (2005年)」が登場するに至り、「ライブに行きたい!」気持ちは募るばかりでしたが、そのチャンスはやってきませんでした。

 ところが、昨年の11月に、後輩の高田君から1本のメールがあったのです。

 「来年の3月14日にダン・ペンがビルボードに来ます。行く気あります?」

 今は行く気がないことを告げると「4月にはクラフトワークが来ますが、こっちはどうです?」

 「え〜!そんなのチケット取れるの?」

「先行販売にウチの奥さんが二人分アタックしてくれるそうなので、申し込んでみます。うまく行くとはかぎりませんが。」

「お願いします!」

ということで、1階の17列13番と14番をゲットしてくれました。僕なら絶対無理。くじ運ないから。

 さて、昨日のライブ。入口で「3Dメガネ」をもらって入場。
セット・リストはだいたい分かってました。AppleMUSICに、クラフトワークの「3-D The Catalogue」という最新アルバムが出てて、42曲、4時間46分をダウンロードして、オフラインで聴いていたので、この中から2時間分をピックアップするだろうと。
 
 4人が壇上に登場し、背後のスクリーンに曲に合わせたグラフィックが映し出されます。音がすごい。波動が伝わってきます。3Dのメガネは見づらいけど、画面がシンプルなので我慢できます。最初の30分はウォーミングアップ。だんだんとボルテージが上がって来て、1時間が過ぎた頃から「ツール・ド・フランス」の画面に変わり、その後30分ほどして4人が退場して暗転後、4人のロボットが登場して、ぎこちない動きと共に「The Robot」の画面に。カッコいい!

 僕はライブに行っても、よっぽどのことがない限り拍手はしないのですが、この日は拍手しまくりですね。ラストは、お約束通り「Music Non Stop」で終了。お客さんもアンコールがないのは分かっているので、すんなりと帰りました。

 帰りに高田君と、席は違っていましたが、一緒に来ていた奥田さんと先輩の池田君と4人で「プロント」へ。まさかの「メニューにコーヒーがなかった」ので、ハイボールを飲んで、少し酔っぱらいながら1時間ほどしゃべって帰りました。

 今、この文章を「3-D The Catalogue」を聴きながら書いていますが、低音(というか音圧)が全く違うので「やっぱり、ライブに行ってよかった!」と思うのでした。13,000円は全然高くなかったです。

 高田君夫妻に感謝。

 

 

 

2019年4月19日(金

いただきもの>

 マンションの管理員になって1年半が過ぎました。地震とか停電とかありましたが、なんとか乗り切って来れました。
 今一番大変なのは、庭の手入れ。植栽が普通のマンションに比べて多いのと、業者に割り当てる予算が少ないので頻繁に来てくれないので、雑草を抜くのに思いのほか時間がかかっています。冬の間は雑草も大人しかったんですが、春になった途端一気に伸びて、それも植栽に隠れてというか紛れているので、一見ないように見えて実はたくさん伸びてる!という事態に陥っています。

 それと、もうじき虫が出始めるんですよね。まず葉虫、植栽の新しくて柔らかい葉を狙って食べにくるんです。前触れも無く、あっという間に葉を食い尽くすので、殺虫剤が間に合わない!去年、それに懲りて、毎朝、葉っぱの裏側を掃除の前に見ることにしています。いつ出るか分からないのが怖いです。
 そして、丸虫、廊下を歩くんですよね。危害を加えないからいいけど、ちょっと目障り。つづいて雨が降り出すと小さななめくじ、それと、小さな蜘蛛がクモの巣を張り出すんですよね。初夏にはアリが大量に発生します。ちょっとでも生ゴミの袋に隙間があれば、必ず列をなしてるので、毎日「アリ退治スプレー」は欠かせません。

 今日は何の話だっけ。あっ、そうそう「いただきもの」でした。
 管理員をしていると毎日同じ人に挨拶することになります。で、親しくなる人も何人か出てきます。その中のひとりの方が、僕が「前の管理員に比べてよく掃除をしてくれる」というので時々お菓子をいただいたりしているのです。こういうのは珍しいんですが、今日は「ぼた餅」を頂きました。
 「仙太郎」というところのぼた餅で、「黒豆大福」(こしあん)と「きなこ」(きなこをまぶしたぼた餅)の2個入りです。

ぼたもち

黒豆大福は、粒あんよりもこしあんの方が最近好きですね。セブンイレブンでもそういうの売ってます。
 食べた後、「仙太郎の独り言』というのにこう書かれていました。

「私共のつくる和菓子は、感性に訴えるよりも、まず機能を第一義に。”美しい”よりも、”美味しい”を大切にする。おいしいとは、身体が欲しがる状態のこと。身体を養う正しい食べもののみが本当の意味でおいしいと言えるものではないか?そして自分の生まれ育った処の風土が育むものが一番身体になじみやすく、身体にやさしい、即ちおいしい。むつかしい言葉だが、それを「身土不二」と称す。近くの産物、せめても国産の原材料に拘る。」とあります。

 チャイの茶葉は外国ものだけど、それは仕方がない、国内にはそれに匹敵するものがないから。牛乳と三温糖は国内のもの。スパイスもできれば国内物にしたいけど、それはまだまだ先のことかな。インドで生まれたチャイだけど、僕は日本で「カンテ経由で」それを習ったわけで。それなら日本人なりにおいしいチャイが作れなければ、僕がやっている意味がない。インドのチャイと僕のチャイは、どちらがおいしいとかそういうことではない。次元が違うから。インドの人にも敬意を払い、尚かつ日本人独自のチャイにも挑戦し、インドの人に認められるチャイであることも大事。

そういう話を、最近、NYの菊池さんと話しています。

 

 

2019年4月15日(月

<『フォー・エブリマン』

 ジャクソン・ブラウンの1974年のセカンドアルバム『For Everyman』は、僕の愛聴盤です。ファーストは、なんか単調ですぐに飽きました。サード・アルバム「Late For the Sky』は、すごく好きでしたが、なぜか今は聴いていません。あまりにもドラマチックすぎて。その後のアルバムもあまりにも外に向かって問いかける彼の姿勢には、ついていけないというか派手なので、聴いていません。

エブリマン

 『For Everyman』のいいところは、アルバムジャケットの絵画のように落ち着いた雰囲気と内省的なところでしょうか。というか、日本人の僕には彼の歌詞は分かりにくいので、そういう風に聞こえるところが好きです。それに、最初の2曲とラスト2曲の重なり方はいつ聴いてもすんなりと自然に聴けてしまうところも好きですね。2曲の演奏者が違うのにも関わらず。かなり難しいことをすんなりとやってのけているところがいいです。「2曲を合わせるのにすごく苦労した」と「WEST COAST ROCK」に書かれていました。それだけに、出来上がったアルバムは、ひとつの物語のように聞こえてしまうので、聞き飽きないんだと思います。

 で、このアルバムをAppleMUSICで聴いてみたんです、先日。CD持ってるからわざわざ聴く必要もなかったんですが、聴いてみてびっくり!

 なんと、最初の2曲とラスト2曲の重なりがない!のです。繋がってない!オーバーラップしてない!・・・つまり、音が一瞬途切れるのです!あり得ない!こんなこと。許されない!絶対に!

 アルバムに対して失礼すぎる。重ねることができないのなら、リストから外して欲しい。

 AppleMUSIC、見損なったぞ、Apple最低!!

 

2019年4月14日(日

<P.F.スローン

 その昔、大瀧詠一(先生)から「P.F.スローンは、いいよ。」と(ある雑誌で)教えられたにも関わらず、イマイチその良さが分からずじまいでしたが、最近ジミー・ウェッブの「P.F.スローン」という曲を聴いて衝撃を受け、その後、色々と調べた結果、その面白さが段々と分かってきました。

ジミー・ウェッブ「P.F.スローン」from「Words and Music」(1970)

I have been seeking P. F. Sloan
But no one knows where he has gone
No one ever heard the song
That boy sent winging

僕はずっとP. F. スローンを探してるけど、どこへ消えたのか、誰にも分からない。
誰も彼が歌っているのを聞いてないって言うし。あの少年(彼)は、どこへ飛んで行ったんだろう。

No no no no no no no no no no no
Don't sing this song
Don't you sing this song
Don't sing this song
It belongs to P. F. Sloan
Oh from now on

この歌は歌わないで。君にはこの歌を歌わないで欲しい。この歌は歌わないで。
この歌はP.F.スローンのものだから。たった今から。

 僕には、なぜ「この歌を歌ってはいけない」のかが最初分からなかったけれど、その後、この記事を読んでその理由が分かったのでした。

「TAP the POP」

Last time I saw P. F. Sloan
He was summer burned and winter blown
He turned the corner all alone
But he continued singing
Yeah now listen to him singing

最後にP.F.スローンを見た時、彼は日焼けした顔で寒そうに風に吹かれていた。
彼はひとりで角を曲がって行ったけど、歌い続けていた。
そうだ、今、彼の歌に耳を傾けよう。

ジャクソン・ブラウンも、この歌を歌っています。

「P.F.スローン」ジミー・ウェッブ(feat. ジャクソン・ブラウン)2010



もうひとつ、P.F.スローンはどういう人だったのかを詳しく説明してくれているサイトがあるので、紹介します。「P.F.スローン」(佐々木 実)『WEST COAST ROCK』

ということで、年表を作ってみました。

1945年 ニューヨークに生まれた後、ロサンゼルスに移住。
1958年 13歳でレコードデビュー。

1961年

スクリーン・ジェムズのソングライター兼スタジオ・ミュージシャンになる。
スクリーン・ジェムズの西海岸責任者であるルー・アドラーは、スローンを同じニューヨーク出身で彼と同じく歌手として成功を得られずにいたスティーヴ・バリとコンビを組ませる。

1965年

ルー・アドラーがスクリーン・ジェムズから独立し、ダンヒル・レコードを設立すると、スローンとバリもそこへ一緒に移り、ソングライター兼プロデューサーとなる。アドラーはボブ・ディランの楽曲を聴いて「次のトレンドはフォーク・ロックだ」と思い立ち、スローン&バリにフォーク・ロックの楽曲を書くよう指示して完成したのが「明日なき世界」。
 さらに、グラス・ルーツ名義で発売された「Where Were You When I Needed You」がヒットしたのをきっかけに、スローンは自らアーティストとして活動したいという強い希望を持つに至る。
この年、ダンヒルからソロ・アーティストとしてデビューし『Songs of Our Times』発表。

1966年

「孤独の世界」リリース。アルバム『Twelve More Times』を発表するが、ソングライター、プロデューサーとしての仕事が忙しく、ソロ・アーティストとしてステージに立てないなどの制約があり、そのせいもあってか彼名義のレコードは、彼がスタッフとして関わったレコードのような成功を収めることはできなかった。
 こうした状況からスローンは、スタッフとしての仕事を辞めてソロ・アーティストに専念することを望むようになるが、ダンヒルはこの希望に難色を示し、「我が社を退社するのであれば、これまでダンヒルに書いた楽曲の印税を放棄せよ」という無理難題を押しつけたが、スローンはこの条件を受け入れて、これまでの楽曲の権利を放棄して独立する。

1968年 『Measure of Pleasure』をリリースするも、鬱病と緊張病に蝕まれて思うように音楽活動が出来なくなってしまい、音楽界から徐々に消えて行くことに。
1970年

同じ頃にソングライターとして頭角を現していたジミー・ウェッブは、スローンのことを「自らシンガーになることを試みたソングライター」だとして高く評価していたので、スローンの復活を願って作ったのが「P.F.スローン」という曲。
その詞には、契約とはいえ、自ら生み出した素晴らしい歌をうたうことが許されなかった、悲劇的な先駆者への想いが込められた。
この曲を聴いたスローンは、1972年に1枚アルバムを出すが、1985年に完全復活するまで長い闘病生活を送ることになる。

その後 復活後に2枚のアルバムを出し地味ながら活動を続けていたが、2015年に他界。
ちなみに、Appleミュージックでは、2006年の「Sailover」1枚しか聴けないのが残念。

 

 

 

2019年4月13日(土

ウィチタ・ラインマン>

 今さらグレン・キャンベルでもないとは思うけど、今回初めてこの曲を真剣に聴いてみて、その素晴らしさに気づきました。

「鰯の独白」というページを先に読んでから曲を聴くか、聴いてから「鰯の独白」を読むかはお任せします。

「ウィチタ・ラインマン」グレン・キャンベル

 

 

2019年4月12日(金

<昼寝ジミー・ウェッブ

 高田君、ジミー・ウェッブって聴いた事ある?
 僕は全然知らなくて、というか、たぶん名前は知ってたんだろうけど、関係ないと思ってスルーしてたんだと思うんですよね。AppleMUSICでたまたま見つけて聴いたら、今モンキーズをそっちのけで、どっぷりジミー・ウェッブに浸かっています。
 今まで聴いた事ないような曲調だし、始めは取っ付きにくかったけど、じわじわ〜っと身体に効いて来てもう朝、昼、夜関係無しに彼の曲を聴いています。

 その中から、昼寝にふさわしい曲を集めてみたので聴いてください。

コリンズ The Moon is a Harsh Mistress

ジュディ・コリンズ
「Judith」(1975)
・ロバート・ハインラインのSF小説を題材に「あたたかく輝いて見えるけど、月は容赦知らずの女王様、冷たい顔をすることだって」と歌う。

ミラージュ The Moon is a Harsh Mistress ジミー・ウェッブ
「エル・ミラージュ」(1977)
・プロデュースは、ビートルズのあのジョージ・マーティン。ジミー・ウェッブ6枚目のアルバムで、ボーカルが他のに比べて聴きやすい。ジョー・コッカーもカバーしてます。
リバー I Was Too Busy Loving Her
(feat. J.D.Souther)
ジミー・ウェッブ
「Just Across the River」(2010)
・オリジナルは、グレン・キャンベル、1982年「Old Home Town」に。J.D.サウザーの好きそうな歌です。
ミラージュ If You See Me Getting Smaller I'm Leaving ジミー・ウェッブ
「エル・ミラージュ」(1977)
・アルバムには、ベース:ラリー・ネクテル、ドラム:ジム・ゴードン、スライド・ギター:ローウェル・ジョージという名前が見られます。
The cover was photographed at El Mirage Lake, Mojave Desert, California.
リバー If You See Me Getting Smaller I'm Leaving
(feat. Willie Nelson)

ジミー・ウェッブ
「Just Across the River」(2010)
・ウィリー・ネルソンの声がこの曲によく合ってます。
リバー All I Know
(feat. Linda Ronstadt)

ジミー・ウェッブ
「Just Across the River」(2010)
・どっかで聴いた事あると思ったら、アート・ガーファンクルが1973年のアルバムで歌ってました。彼もリンダ・ロンシュタットに負けずジミーの信奉者です。

リバー By the Time I Get to Phoenix
(feat.Glen Campbell)
ジミー・ウェッブ
「Just Across the River」(2010)
・グレン・キャンベルが1967年に歌ってヒットした曲を、43年後、作者ジミーと一緒に歌ってます。
ウォーターマーク Someone Else ( 1958 )

アート・ガーファンクル
「Watermark」 (2010)
・山下達郎お薦めの1曲。

8曲 30分

最後の曲は、山下達郎の「サンデーソングブック」(2015年)を書き起こした記事がサイト(「未来の自分が振り返る」)にあって、そこで紹介されていた曲なんですが、かなり悲しい曲なので、訳詞をここに再録します。

”誰か他の人
前から僕にはわかっていたんだ
君は僕のものじゃないし
これからだって そうはならないだろうって

誰か他のひと
昨日の晩 君を見かけたんだ
君は彼にしがみついてた
そう 僕でない誰か他の人

でも僕は彼を憎めないんだ
だって 僕のこの苦しみは
いつか彼も味わう時が来るのだから

そう 絶対にいつか
そして彼にも判るんだ
いつだって他の誰かが
そこら中に居るってことを

僕が今知ったように”

なんて悲しい曲なんだ!

 

 

2019年4月10日(水

<今度は金沢へ

 一昨日「花鏡園」でのチャイレッスンの打ち上げ会を兼ねて、次回のワークショップの打ち合わせをしてきました。場所は、中崎町の天五商店街の中にある居酒屋「マルタ」。

 僕がカンテを辞めたのが2015年の3月だから、あれから4年、時々天五の商店街には足を運んでいたけど、今回行ってみてびっくり。さびれたシャッター通り商店街だったはずの場所が、今では新しいお店がたくさん出来ていて、通りが明るくなっていました。「マルタ」もその中の一店舗ですが、月曜日にも関わらず、けっこう盛況でしたね。

 さてさて、次回のワークショップの件ですが、相方の奥田さんの知り合いが金沢でTV関係のお仕事をされているそうで、テレビ金沢制作の下記のような企画に実行委員会として参加されることになり、そこに僕たちが出向いて、「チャイのワークショップと茶葉の販売」を行う事になりました。

「スパイスと泡」https://spicetoawa.com/

日時:2019年5月11日(土)11:00〜20:00、12日(日)11:00〜17:00 ※雨天決行

場所:しいのき迎賓館 石の広場・緑地

主催:スパイスと泡実行委員会、テレビ金沢、Hotchkiss
(お問い合わせ:テレビ金沢事業局 Tel 076-240-9043 平日10時〜17時)

共催:しいのき迎賓館

後援:北國新聞社、読売新聞北陸支社、日本地ビール協会

協賛:以下各社


まだ、ワークショップの詳細は未定です。

お願いされた(僕の)紹介文はこんな感じ。(どれぐらい宣伝媒体に載せてもらえるかは不明ですが。)

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「インドのポピュラードリンク”チャイ”を自分でも淹れられるようになろう!

 そのチャイってどんなもの? 
 甘いミルクティー? 
 スパイスの効いた飲み物?
 どうやって作るの?
 
 知ってるようで、知らないその正体。
 例えばインド料理店などで提供されているチャイってありますよね。
 あれを自宅でも飲めるように、本格的なチャイの作り方を伝授します。
 
 あなたがまだ知らない本当のチャイの味をワークショップで体験してみましょう。」

 ※講師は、大阪・中津の喫茶店「カンテ・グランデ」で34年間、チャイを作り続けてきた神原博之。関西チャイ文化を黎明期から知るチャイマスター。現在はカンテを退社して、チャイのワークショップを各地で開催。2017年、日本初インド式ミルクティー・チャイの専門書「チャイの旅 チャイと、チャイ目線で見る紅茶・日本茶・中国茶」を出版。

 チャイのワークショップの内容:美味しい紅茶、チャイの淹れ方を学ぶ。

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 どうでしょう?
 チャイをちょっとしか知らない人でもこれを読めば、少しは興味を持ってもらえるかな?

 まだ、詳しい内容は未定ですが、ワークショップの回数は2日で8回ぐらい、1回当たりの定員は5名ぐらいになりそうです。
ただし、予約はできないので、当日になってみないとどんな感じになるのか分かりません。
 出たとこ勝負って、怖いような、楽しいような・・・。

 金沢の方は、サブカルチャーに強い関心をお持ちの人が多いと聞きます。その方達を満足させるためにも、今から気合いを入れてチャイの練習に励もうと思います。また、内容が決まり次第、ここでご紹介します。

 

2019年4月8日(月

デイドリーム・ビリーバー・・・モンキーズの真実その3>

 セブンイレブンのCF曲は、忌野清志郎率いるザ・タイマーズの「デイドリーム・ビリーバー」ですが、この原曲は、モンキーズの「Daydream Believer」。

この曲は「モンキーズが1967年に発売したシングルで、4週連続全米1位を記録した。作詞・作曲は、元キングストン・トリオのジョン・スチュワート。日本ではザ・タイマーズによる日本語カバーも知られる。(ウィキ)」

 モンキーズと言えばこの曲、と誰でも思っているし、僕もそう思います。歌の内容が分からなくてもタイトルの「夢見がちな人」と、デイヴィー・ジョーンズの子供っぽいボーカルが相まってとても口ずさみやすい曲になっていますが、ひとつだけ「何だろう?」と思う場所があって、それが「彼女はホームカミングクイーン」というところ。

 ネットで、対訳のページを見つけて納得しました。

Daydream Believer [歌詞和訳]

この記事によると、「Homecoming Queenは、School Homecoming Queen 、State Homecoming Queen、year’s Homecoming Queenなど、それぞれの属する集団・地区・コミュニティなどで選ばれる女性です。男性はHomecoming Kingです。何の、またはどこのHomecoming Queenか分りませんから、無理に訳さずに「ホームカミング・クイーン」のままにしておきます。」とありました。

 歌の意味は「夢想家の青年と人気者の女性が一緒に暮らしていて、これから二人の現実の生活が先に待っているけれど、若いふたりはそのことを良く分っているのかな?と少し心配している歌です。」とあります。歌っている本人の歌ではなくて、それを客観的に見ている第三者の歌なんですね。

 ところで、先日、2000年に公開された映画「ザ・モンキーズ・ストーリー/デイドリーム・ビリーバー」をニコニコ動画で観ました。無料なのでかなり画質が悪いし、4人に扮している俳優が全然しっくりこなくて観づらかったけど、どうしてもモンキーズの結成秘話が知りたくて我慢して観たんですが、その中でデイヴィーが「デイドリーム」を吹き込むシーンがあって、そこでは「この歌、何の意味があるんだ!」と歌詞に対して悪態をついていました。ウィキにも同じようなコメントがあって「ジョーンズは最初この曲に可能性を感じることができず、録音時は不快な感情のままで歌っていたと、後に認めている。しかし、この曲がヒットしたため、ジョーンズの感情も変わっていった。」そうです。


2019年4月8日(月

AppleMUSICにない曲>

 僕が「AppleMUSIC」に加入したのは古い曲やアルバムを探すためなので、サイトの「みつける」画面に出てくる最新の曲は僕には何の役にも立たないのです。画面のどこを探してもきっかけになるようなものが皆目出て来ない。
 なので、毎日資料と首っ引きで、検索の枠に聴いてみたい曲やアーティストの名前を打ち込んであちこち探しまわっていますが、しかし、これはこれで楽しいんだけどかなり大変な作業でもあります。特に、日本の曲は、ありそうでないものの方が多いですね。

 不思議なんだけど、大滝詠一のアルバムがない! 
 あと、1950年代の歌謡曲とかで出て来ないものが多い。
 ま、日本のレコード会社とAppleとでは話が合わないんでしょうけどね。それに曲がデータ化できていないのかもしれないし。
 そういう時は、仕方がないのでYouTubeで探しますけど、こっちはかなりな確率で欲しい曲が見つかります。その中から何曲か紹介します。

「いいもんだな故郷は」三橋美智也 (1990 )作詞:高橋治朗 作曲:川口 真

「カウライジャ」北原謙二(1957) 原曲は、作詞&作曲:ハンク・ウイリアムズ

「まつのき小唄」二宮ゆき子 (1964)作詞:藤田まさと・夢虹二 作曲:不詳

「サハリンの灯は消えず」ザ・ジェノバ(1968)作詞:若木 香 作曲:北原じゅん

「恋に生きる」レオ・ビーツ(1967)橋本淳:作詩 すぎやまこういち:作曲

「涙色の恋」奥村チヨ レオ・ビーツ(1968)作詞:橋本淳 作曲&編曲:筒美京平

なんだか、聴いてて恥ずかしくなるのは僕だけか?

 

 

2019年4月2日(火

久しぶりのレタッチ>

 カンテを離れてから一眼レフカメラを使う事が極端に減り、「チャイの旅」でイメージ写真を撮った後は、全く写真を撮らなくなりました。同時にだんだんとレタッチもしなくなりました。本当はワークショップの写真も撮りたいのですが、チャイの道具でいっぱいいっぱいなので、カメラは持って行けません。

 ただ、僕は他人が撮った写真も好きなので、先日行ったワークショップの写真を頂いたので、それをレタッチすることにしました。奥田さん、八田さん、堀川さん、いかがでしょう?

花鏡園

3種盛り

花鏡園

マサラ

ワイルドシナモン

4人

 

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