できるまで

第二章:カンテでの楽しかった日々

その13:カンテ資料館 <Junichi ! Junichi !! Junichi !!!>

リバティ君

 ウルフルズがカンテにやって来た1998年の前年、ひとりの男の子(7歳)と知り合います。それが純一くん。
 彼が6歳の時に描いたのが、この「リバティ君」で、それまで絵はほとんど描かなかったのに、お母さんと一緒にN.Y.に行った時、紙とボールペンを持っていきなり描き出したということです。
 僕と出会った時には既に何枚か絵を描いていたので見せてもらいましたが、「これは子供の絵だけど、僕の知ってる子供の絵じゃないな。」というのが素直な感想。
 僕はその絵をパソコンに取り込み、ポストカードサイズにして、プリンターで色んな紙に印刷してみました。画材ショップ「Too」で白い紙、画用紙、ケント紙、等々を買い込んで。最終的にいいなと思ったのは「レオバルキー」という再生紙でした。生成りっぽい紙で、インクジェットでも紙にインクがにじまず、「レオバルキー」に直接ボールペンで描いたような絵に仕上がりました。
 その年の12月、カンテのギャラリーの担当者だった僕は、年末年始はギャラリーの借り手がいないのをいいことに、お母さんと相談して、純一君の個展を開く事を決めました。タイトルは「 Junichi I Like Drawing Act.1」

ギャラリー撮影

 上の写真はその時、ギャラリーに置いてあった自由の女神のボールペンを片手に持ってギャラリーを撮影したものです。
 なかなかにシンプルで落ち着いた雰囲気の個展でした。
 個展は、年を越して1月4日ごろから初めて10日ごろまで、少し絵を架け替えて続けました。タイトルも「 Junichi I Like Drawing Act.2」と変えて。
 なぜ、変えたのかというと、僕は個人的に「2」という数字があまり好きではなく、できれば早く2回目の個展を済ませたかったのです。つまり、僕の中ではもう既に、3回目の個展を考えていたことになります。
 それぐらい、純一君の絵を描くスピードは早かったし、次の個展を開いても十分絵は描いてくれるだろうと予測できていました。
 さて、前回でウルフルズがカンテで写真を撮ってツアーパンフを作ったという話をしましたが、そのパンフがカンテに2冊届き、一部はカンテスタッフの回覧用に、一部は保管用にしていたある日、純一君のお母さんがやってきたのでそのパンフを見せたら、「これジュンに見せたいので貸してくれませんか?」と言われたので「いいよ」と渡して1週間後、写真を見た純一君が数枚の絵を描いてくれた中の1枚が「トータス&シロ」です。

トータス&シロ

うまいですね、やっぱり。

 

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