できるまで

第一章:カンテ以前

その1:貸本屋通いの楽しい日々

少年クラブ

 僕が本や雑誌に最初に興味を示したのは、漫画でした。僕が小学生の頃、「貸本屋」というのがあったから。そこでほぼ毎日、漫画本(単行本や月刊漫画)を借りて読んでいました。家に帰ったらランドセルを放り投げて、歩いて5分ほどのところにあった貸本屋に走るんです。借りてた本を返してまた借りる。単行本の漫画なら30分ぐらいで読んじゃうし、月刊の漫画雑誌でも2日以上延滞した事はなかった。

「貸本屋」というのは、最初は古本を買い取って貸していたんだけど、ある時から新刊を扱うようになった。当初は保証金制度があったけど、それがなくなると、一気に誰でも貸本屋ができるようになったそうです。僕の通っていた貸本屋さんは、民家を改造して(入口を広くして)、壁2面ぐらいに本棚を作って漫画本を置き、主婦が片手間に子供に本を貸していた、そんな店でした。
 昭和30年頃には、駄菓子屋やおもちゃ屋を兼ねた零細なものまで含めると全国に3万軒近くあったらしい。
 そこで借りた本には「手塚治虫」「さいとうたかお」「水木しげる」「白土三平」「ちばてつや」の単行本、「漫画クラブ」「少年」「ぼくら」の漫画月刊誌があった。(掲載した写真は、町の貸本屋さんが廃業した時に売りに出されていたもので、いい本は行く前に売り切れていた)もちろん、自分で買う漫画本もあったけど、それだけでは済まないのが子供。毎日10円持って借りに行き、翌日また借りるわけです。
 漫画を借りて読むようになるまでは、近所の子供たちと暗くなるまでよく遊んでいました。ビー玉、ケンケンパ、釘立て(釘を土に立てて陣地を広げて行く遊び)、馬跳び、めんこ(僕の田舎ではパッチンと言ってた)、鬼ごっこ。それが、小学3年生の頃から塾に通うようになると、ひとりで家にいる事のほうが多くなり、ひとりで本(まんが)を読む子供になっていったようです。ただ、小説とか学校で勧められるような本は読まなかった。僕はこの頃から、話よりは絵を楽しむのを好んだようです。

 さて、僕の育った昭和30年代は、高度経済成長期。世の中が少しずつ豊かになるに連れて、「本は自分で買うもの」という時代がやってきて、貸本という商売は廃れて行きました。
 僕も年長になるにつれて小遣いが増えると、月刊漫画誌や週刊マンガ雑誌を買う事が増え、貸本屋は行かなくなりました。
 でも、僕が、中学に入って眼鏡を掛けるようになったのは、小学校時代に毎日暗い部屋で寝そべって漫画を見ていたせいだと思っています。それぐらい漫画は好きでした。

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