できるまで

第一章:カンテ以前

その8:「タミヤ 命」の少年時代

 田宮

 漫画と平行してやっていたのがプラモデル工作でした。
 小学低学年の頃、隣のお兄ちゃんが「アリゲーター」という水陸両用の戦車を持っていて、家の前の川でそれを浮かべて走らせてみせてくれた時は、すごくうらやましく思いました。
 その後、お小遣いで戦車やF-1の模型をたくさん作りましたが、そのうち「タミヤ」の製品が一番作りやすくて説明書も丁寧だし、箱絵もデザインもカッコよくて、友達と話をするときは「タミヤが一番!」と豪語するようになりました。赤と青の星のマークは、僕の憧れになったのでした。

 中学のときはタミヤの情報誌「タミヤニュース」の定期購読を初め、タミヤの毎年の製品カタログを買い、タミヤの出版物はほとんど買いました。

 今回登場させた「田宮模型の仕事」は、まじめで誠実な田宮の社長:田宮俊作の著した本で、タミヤが好きなら絶対に持っていなければダメな本です。
 社長が戦車博物館へ行った時のこと、「写真でしか見た事のなかった戦車が目の前にある。」ことに興奮し、車体の下にまで潜り込み「地面との隙間は、だいたい50〜60センチ。匍匐(ほふく)前進しながら進み、ようやく底に打たれたリベットの数や位置も知る事ができました。」と語る。
 僕がタミヤを好きなのは、この熱い想いが製品に反映しているからですね。
 大人になって、戦争に使われた人殺しの兵器をなぜ好きになるのかと自問自答し、しばらく遠ざけていた時期もありましたが、今では、造形物としての戦車の美しさに心奪われている今日この頃です。
 特にタイガー戦車の見事なスタイルは数々の特集本にもなり、その走る姿は2014年の映画「フューリー」で初披露され、さらに好きになりました。
 ちなみに、大友克洋の「気分はもう戦争」の表紙は、タミヤの戦車の箱絵を描いていた高荷義之さんの絵です。高荷さんの絵には物語が見えます。たぶん、大友(僕と同い年)も高荷さんのファンなのでしょう。

前ページへ  前説&目次へ  次ページへ

 

copyright 2017 canbara  canbara1954@gmail.com