できるまで

第一章:カンテ以前

その12:初めての文集「31-20」

31−20

 大学二回生の時、下宿で「同人誌」を作ったことがあります。
 B5サイズで28ページ。部数は20部。ガリ版刷りではなかったけど、似たような方法で手描きで原版を作り、謄写版で1枚1枚刷っていくという原始的な方法でした。
 その編集後記にはこう書かれています。

 「文集を作ろうと誰かが言い出したのは、去年のことだった。
 最初は、書きたい人だけで作るつもりだったが、やはりページ数を考えると、そしてまた、僕らの分筆の才能を考えると、とても4,5人じゃやっていけないので、一回生に無理に書かせたり、絵を入れたりで、なんとか文集らしくしようと思ったわけです。」

 僕は、先輩に編集長にさせられ、原稿の手配から回収、印刷から製本まで僕ひとりでやりました。 やり方は、映画サークルで教わっていたので、簡単でした。
 8人の書き手の中に、ひとり学生じゃない下宿のおばさんもいました。おばさんは陽気な人で、僕の偏食を怒ってくれたり、熱が出たら頭を冷やす氷枕を作ってくれたり、母親代わりをしてくれる「人のいいおばさん」だったので、「文集を作ろうと思ってるんですけど、なんか書いてくれませんか?」ってお願いしたら、「そうやねえ。戦争体験の話でも書こうか。」と言って気軽に書いてくれました。なんて健全な学生下宿!

 出来上がった同人誌は下宿の人全員に配りました。もちろん下宿のおばさんにも。
 
 僕が雑誌作りに目覚めたのは、この時かもしれません。

 「31−20」とは、当時下宿のあった番地です。

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