できるまで

第一章:カンテ以前

その17:人生24年間の集大成『1980年アメリカの旅』

印刷会社を辞めようと思ったその時を狙い澄ましたかのように、「アメリカ旅行」という新しい目標が現れたのが1978年。
 その年、大学時代の先輩:公彦君と後輩:高田君が、プレイガイドジャーナル社のツアーで一ヶ月のアメリカ旅行を楽しんで来たのです。その土産話として「神原、アメリカは空気が違うぞ。」という先輩の一言が、僕を動かしました。「じゃあ、行って確かめるしかないな。」と。
 さらに、翌年1月の給料日、焼き肉店で、会社の同期の河田から「結婚して田舎に帰るので、会社を辞めるわ。」と言われ、「えっ!じゃあ、俺も辞める。」と即答。「年末までに50万円貯めてから辞めようぜ。俺はアメリカへ行くぞ!」って。・・・単純ですね〜。
 1979年の12月に会社を辞め、貯めた50万円は定期預金に入れ、申し込みの5月まで眠らせておきました。
 翌1980年の前半、仕事もせず、僕のミニコミ誌「Bootleg」のネタ探しに奔走。この期間の目まぐるしさを書くとかなりなページ数になるので、ここでは割愛しますが、5月の時点でお金が底を尽きそうになったので、アメリカ旅行の7月まで何かバイトをしなければならなくなったんですね。
 で、たまたま会社の同期の堀口さんから、「Bootleg」のネタとして「中津に変わった喫茶店がある」という情報を聞きつけ「カンテ・グランデ(以下カンテ)」を紹介されて行ってみたわけです。それが、僕とカンテとの出会いです。

 「Bootleg」にカンテの記事を書いてからしばらく経って友達を誘ってカンテに行くと、壁に「アルバイト募集」の貼り紙があった。これって偶然なのか?誰かの筋書きなのか?
 お店の人に「あのぉ、アルバイトに応募したいんですけど。」って声をかけたら、店長から「6月から来て欲しい」と言われ、「7月にはアメリカへ旅行するんですけどいいですか?」って訊いたら「いいよ。」って。軽いなあ。さすがカンテだ。

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 さて、7月のアメリカ旅行の最初の10日間は、参加者20人全員カリフォルニア州サンフランシスコの郊外にあるバークレー大学の学生寮に宿泊することになった。宿泊場所が決まっているだけであとはすべて自由行動っていうのがこのツアーの魅力でした。
 学校前の通りを歩いていると、一軒の古本屋を発見。
 中を覗いて、あの「ノーマン・ロックウェル」の本を捜したら、なんとあるではないか!こんなに簡単に探している古本が見つかるなんて!
 値段は1万円でしたが、日本で買うと2倍ぐらいになるから即買いました。が、その本は、幅32cm、高さ44cm、厚さ4.5cmで、重さが約5kgもある!さて、どうしよう。
 郵送するには梱包しないといけないので、近くのコンビニでガムテープと紐を買い、段ボールはもらって(片言の英語で)、部屋に持って帰って梱包し、郵便局まで持って行ったら、なんと5,000円取られた。これは予想外でした。これなら、日本で買ってもよかったかな、とは思ったけど、ま、これもいい思い出にはなりました。

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 アメリカ旅行は、このあと、バークレーで10日間、サンタバーバラとハリウッドで10日間、ロサンゼルス〜ラスベガス〜グランドキャニオン〜ディズニーランドで10日間 。先輩から聞いた「空気の違い」を確かめられた旅でした。子供の頃から、映画、音楽、テレビ、雑誌等で刷り込まれて来た「アメリカ」を肌で感じた旅でした。

 こうして、子供の頃からの夢だったアメリカ旅行を「ノーマン・ロックウェルの本を捜す旅」として果たした僕は、次なる夢の獲得に向けて動き出すのであった。

第一章終わり

 

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