この本に1967年の「毎日グラフ」の記事が載っていて、その中でウルトラシリーズの美術担当:成田亨さんの取材記事が興味を引いた。
「脚本、演出のスタッフが集まり、つぎはこんな怪獣でいこうと相談がまとまると、その案にしたがって成田さんが怪獣の下絵作製にとりかかる。(中略)
子供向けだからグロテスクなものは避けようという鉄則がある。だから一つ目や四つ目のお化けは作らない。独創的なものにしようとするから、古代の恐竜などをヒントにするのはできるだけ避けている。
コチという魚の口を見て、これはいけると思った。その口をそっくりいただき、それに目をつけ鼻をつけてでき上がったのが隕石怪獣"ガラモン"である。
エジプトの壁画。横顔に正面から見た目をつけている。どの角度から見ても同じに見える顔というのはできないものかと、考えた末が誘拐怪人"ケムール人"。庭の木の実をもいで、目を近づけて見ているうちに、表皮の模様から怪獣の顔が浮かび上がった、ということもあった。案外つまらないものがヒントになるという。」(毎日グラフ1967/2/26号 特集「怪獣を解剖する」)
【成田亨】
1929年生まれ。デザイナー、彫刻家。
1950年武蔵野美術学校(現武蔵野美術大学)に入学。当初洋画を専攻していたが、途中で彫刻学科に転科。1954年美術学校卒業後、「ゴジラ」(東宝)の制作スタッフの一員として、特撮系映像作品の美術に加わる。1955年には彫刻作品で第19回新制作展で入選した。
1956年武蔵野美術学校彫刻研究科(現大学院)を修了、映画監督の下に弟子入りする。1962年第26回新制作展新作家賞を受賞。
1966年から、円谷プロ製作の『ウルトラQ』『ウルトラマン』『ウルトラセブン』の美術監督に就任し、多くの怪獣やウルトラマンのデザインを手がける。
1968年に『ウルトラセブン』の美術監督を中途降板し、その後、大阪万博の「太陽の塔」内部の「生命の樹」のデザイン、映画の美術監督などを経て、全国各地で個展を開催する。著書・作品集多数。
2002年2月26日、没。(ウィキペディアより)