『怪獣総進撃』は1968年に公開された、ゴジラシリーズの第9作である。観客動員数は258万人。ゴジラをはじめとする多くの怪獣を集結させた作品。併映は『海底軍艦』、『海ひこ山ひこ』。
SFブームと宇宙開発ブームの最盛期に製作された作品で、モダンなデザインで造形されたSY-3号の活躍ぶりが印象的。
登場する怪獣は、ゴジラ、ミニラ、ラドン、モスラ(幼虫)、アンギラス、バラン、バラゴン、ゴロザウルス、マンダ、クモンガ、キングギドラ。
怪獣ランドで保護されていたゴジラなどの怪獣達をコントロールして地球制圧をもくろんだキラアク星人と、国連科学委員会の月ロケットムーンライトSY-3の艇長の山辺克男との闘いを描く。(「ウィキペディア」より)
今までゴジラ映画に出てきた怪獣達を集めて「怪獣ランド」を作るという設定自体が陳腐。だと思っていたけど、「ジュラシック・パーク」という映画が出てくることで、発想自体は悪くないんだということが分った。でも、日本人が作るとやっぱり陳腐なのはなぜ?
さて、この映画が公開された1968年、12月24日 アポロ8号が月を周回し、月の地平線から昇る地球の写真が撮られた。
1968年、世は正に宇宙時代真っ只中、だった。
その2年前に公開されたゴジラ映画「ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘」は、相も変わらず怪獣のプロレスごっこ。何の新鮮味もなく、僕の中で「ゴジラは死んだ」のでした。
代わりに現れたのは「007」と「2001年宇宙の旅」。
「007」は1962年に一作目が公開され大ヒット。1964年には第3作「ゴールドフィンガー」が公開され、世界中の男性の心を鷲掴みにした。「車」に「秘密兵器」に「セクシーな女性」とくれば子供がワクワクしないわけがない。そのことは後日書くとして、今回は「怪獣」と「2001年宇宙の旅」との関係について。
映画「2001年宇宙の旅」は1968年4月6日アメリカで初公開された。(日本での公開は4月11日)
その8ヶ月後「怪獣大進撃」が公開され、ポスターには宇宙ロケットが。
しかし、ゴジラと宇宙とどういう関係があるんだろう?と思ったら、単に宇宙人が地球を侵略するためにはゴジラ(やその他の怪獣)が必要だと思っただけなのだ。怪獣をコントロールして地球を支配するなんて子供だましもいいとこ。
それに比べて、「2001年」のこの宇宙ステーション(イラスト)のデザインの素晴しい事!この頃「宇宙ステーション」といったら、「サンダーバード5号」しか知らなかったから、この巨大さには度肝を抜かれたし、それが実現しそうな形だったからなおさらビックリしたものです。
【2001年宇宙の旅】(2001: A Space Odyssey)
アーサー・C・クラークとスタンリー・キューブリックがアイデアを出しあってまとめたストーリーに基いて製作されたSF映画および小説である。映画版はキューブリックが監督・脚本した。
キューブリックが異星人とのファーストコンタクトを描く映画を撮影すると決めたときに、その科学考証や共同脚本などをクラークに依頼をした。
クラークはすでに宇宙人と人類のファーストコンタクトを描いた、『前哨』という小説を1948年に発表していた。のちにクラークが発表した『失われた宇宙の旅2001』によると、キューブリックとクラークがアイデアを出し合い、まずはクラークが「小説」としてアイデアをまとめあげ、その後キューブリックが脚本を執筆している。
このため、小説版が原作として先に書かれたものであると勘違いされることが多いが、小説は映画の公開の後に発表されている上、その小説にはクラーク独自の解釈がかなり取り入れられていることからも、小説版と映画版は明確に区別する必要がある。(「ウィキペディア」より)
僕は公開時にはまだ中学生で、当時中学生は自由に映画館への出入りが出来ず、文部省推薦の映画しか学校が許可しなかった為、リバイバルで観たのが1973年。5年のタイムラグはしかし残念でなりません。衝撃度が違うと思うんですよね。映画はそれなりに面白かったけど。