紅茶の講座 08


おいしい紅茶をいれるために

僕が紅茶に興味を持ったのが1980年。カンテにアルバイトで入ってからでした。

ポットでいれる紅茶の店は初めてではありませんでしたが、そこで出会ったセイロン紅茶は、僕の紅茶に対する考え方を根本から覆しました。

それまで、喫茶店に行って紅茶を注文するとカップ一杯分しか出されないのに対して、カンテではポットで提供するので2杯強飲めるのです。一杯目はストレートで、二杯目はミルクティーで。
一杯目のセイロン紅茶は渋味が少ないのでストレートで一気に飲み干します。
二杯目は渋みが出ているので、ピッチャーに入ったミルクを足して渋みを和らげると、これもあっという間に飲み干せます。

休憩の時間に好きな紅茶が飲めるので、僕は毎日セイロン紅茶を飲みました。毎日毎日紅茶をガブガブ飲んでいると、不思議と「紅茶ってなんだろう?」という疑問が湧いてきました。

そんな時、インド紅茶を個人で輸入されていたミヤザキさんから(だと記憶している)、ある雑誌の切り抜きを頂いたのでした。その切り抜きの記事には「おいしい紅茶をいれる」ための基本が書かれていて、今でも誰かに紅茶の入れかたを教える時には、その記事の通りに話をしたりします。

紅茶好きなら誰でも知っているような基本中の基本なので僕が要約して書き直してもいいのですが、ここでは原文のまま載せてみます。その方が1980年という時代の空気を感じてもらえると思うので。(誰が書いた文章なのか分からないので無断転載になりますが・・・)



おいしい紅茶をいれるために


 お茶はあまりに身近にあるせいか、どうもぞんざいに扱われがちのようで、ほんとうの茶のおいしさに出会う事がほとんどない。

 紅茶の場合、特にひどい。「色つき砂糖水」:としか言えないような、茶こしで何度も出したような紅茶を飲まされることも多かった。しかし、紅茶は本来誰にでもたやすくおいしくいれることができる。いれかたのルールもそんなにむつかしいものではない。無論、紅茶の品質がいいにこしたことはないが、いくら上質の茶を使っても、入れ方がいい加減であれば何もならない。きちんとルールを守っていれた中程度の品質の紅茶より、はるかに劣った味になってしまう。

まず、茶葉(リーフ・ティー)を使うこと。
ティーバッグではおいしい紅茶は飲めない。
水は、カルシウムや鉄分を含んだものはよくない。軟水がよい。さいわい、日本では一般に水がよいので水道の水でも十分だろう。(この当時、大阪の水道水はまずかったけど。注釈:神原)
ただ、蛇口付近に溜まっている水をしばらく流して、新鮮な水を使いたい。

茶器はポットを使う。緑茶用の急須でも別に構わないが、金属製のものは、紅茶に含まれるタンニンと化合するので避けなければならない。
カップは、紅茶の色を楽しむために内側の白いものがいい。

材料と道具が揃ったところで、茶葉と水の量の割合と、温度と浸出時間の三つの条件が大切になる。

イギリスでは伝統的に「ポットの人数分だけ、さらにポットの分をもうひとさじ」といって、人数分よりいつもスプーン一杯多く葉を入れる。ダージリンやキーマンのように、茶葉のままの大きさで加工してあるもの(オレンジ・ペコー=O・Pという)と、アッサムやセイロンのように葉を刻んで加工してあるもの(ブロークン・オレンジ・ペコー=B・O・Pという)とではかさが違うが、茶さじ一杯=3gを目安にする。

人数分のカップに入る水をポットに入れる。いつも使う茶とカップで何度か試してみるとよい。葉の量をケチらぬことだ。

紅茶にとって決定的条件は温度である。緑茶は、ぬるい湯で甘みを、少し熱くして苦みを、時間をおいて渋みという変化が楽しめるが、紅茶は常に沸騰直後の湯でなければならない。香りや味の成分に、100℃近くでないと溶け出さないものが多いからである。木村治美の随筆『黄昏のロンドンから』の中に、ロンドンでは魔法瓶がピクニック用品の店にしかない、という話が出ている。温度の下がった、湧かしたてではない湯を使わないからだろう。

沸騰後、グラグラ湧かし続けると空気の成分が不足するため、風味が欠けたお茶になるし、逆に小さな泡が上がってくる位の、沸騰しはじめのお湯では味の薄いものになる。二度沸かしの湯もよくない。ジャーバス・ハクスレーの「五分間浸出テスト」というこの湯に関する実験がある。三つのタンブラーに茶さじ一杯ずつ茶葉を入れ、それぞれ、約87度の沸騰前の湯、10分間沸かし続けた湯、ちょうどグラグラ沸き始めた湯を入れ、比べてみると面白い。

87度の湯の場合。
葉が浮き上がって、
成分がほとんど抽出できない。
10分間沸かし続けた湯の場合。
葉が底に沈んで抽出が
不十分になる。
沸騰したての湯の場合。
湯の中の空気の分子のおかげで
葉が上下に循環し
適正抽出となる。

次に浸出時間だが、ポットの熱湯の中で茶葉が開き成分が溶け出し始める。充分葉が開いて底に沈み、香りや味が出てくるまでに3分前後かかる。その間、冷めないようにティー・コジーをポットにかぶせて保温した方がよい。その後、茶こしを通してカップに注ぐ。この時間は、紅茶の種類によって微妙に違うが、一応の目安は、B.O.Pタイプで2〜3分、O.Pタイプで4〜5分である。
自分の好みのこうTYSの適正時間を正確に計って、つかんでおきたい。

普通6分を越えると味は濃くなりすぎ、香りもかなり失われる。10分以上になるとタンニンの9割が溶け出て、渋みが過度になり香りはなくなる。これを避けるために、適当な浸出時間を経たら、別のポットに移すか、大きなカップに一度に注いでしまうかするといい。

砂糖は好みで入れればいい。中国では清飲といって、緑茶や烏龍茶と同様、何も入れないで味と香りを楽しむ。お茶受けにケーキなどがあれば、よけいに砂糖はいらない。ミルクも好きずきだが、タンニンの多いストロングな紅茶は、ミルクを入れるとコクが出ると言われる。

紅茶は、本来同じお茶である緑茶に親しんでいる日本人に、きっと愛されるはずだと思う。ダージリンや雲南や、あるいはウバの、心をこめていれた名茶に出会うことがあれば、いっそう紅茶のとりこになるに違いない。

紅茶だけをすすめるつもりはない。忙しい生活の中で、折々に好きなお茶を選び、それぞれの味を楽しむ時間は何ものにもかえがたい。

日常茶飯の茶と、非日常的な茶の湯の世界とは、茶だけが典型的に持つ二面性であるが、私たちの暮らしの中に、形式にとらわれず静かに茶を味わう短い時間を持つことで、この二つを統一することができよう。茶は、酒のように乱れがちでなく、コーヒーよりは手軽に、非日常の世界を作る飲み物なのだから。

(著者不明)



いかがでした?

筆者は「紅茶は日本人にきっと愛されるはずだ。」と希望を持って書いていますが、僕には今も35年前も状況は全く変わっていないように思えてなりません。
今後も紅茶が日本人に根付くことはたぶんないでしょう。日本茶も危ういのですから。
なぜでしょう?
「手っ取り早く、今自分が受けているストレスを取り除きたい」それも「安く、手軽に」。
僕自身も仕事場では、スティックタイプのコーヒーとティーバッグの緑茶に甘んじています。簡単だから。仕事に支障をきたさないから。(ティーバッグの紅茶はまず過ぎるので飲みませんが。)
でも、家では、ちゃんとポットや急須を使ったお茶を楽しんでいます。
「ホッと」したいから。「ホットと」できるから。

現代人には「ちょっとの手間を掛けるだけの暇もない」のかな?「ちょっとの手間をかけるだけの価値がない」のかな?

いや、「おいしいお茶を飲んだことがないから」手間をかけたくないのだと僕は思います。

おいしいお茶を知っている僕は、だから、ちょっとした「お茶と人との出会い」を作って、おいしいお茶を飲む人を一人でも増やすのが僕の役目だ、とまあ、そう思っているのです。

(神原)




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