[ 神原通信 ]

2023年10月23日(月

<Macでブルーレイ・・その7>

ヒッチコック

ブルーレイ画質★★★★★

ブルーレイで検索をしていたらこういうのが出て来た。ヒッチコックの名作選(4本立て)だ。
「サイコ」と「裏窓」はDVDで持っているが、「鳥」と「めまい」はまだ持っていない。4本ともリマスターされてブルーレイになってはいたが、今回「めまい」がさらに4KUHDで磨きをかけたようで、Amazonのレビューでも、絶賛されている。

中身は、4本とも通常のブルーレイ盤とUHD盤がセットになって合計8枚が専用の箱に入っていて、¥10,349。発売当初は倍ぐらいしたらしい。アメリカ版ではブック付きだけど、日本版はなし。1作品あたり約¥2,500だけど、「めまい」が観たかったし、勢いも手伝って買いました。

結果は大当たり。画質は最高レベル。(ただし、僕の持ってるブルーレイプレイヤーはUHDが再生できないので通常盤しか観られないけど、それでも十分納得の画質だった。)

1980年ごろ、阪急梅田駅の高架下にあった映画館(名前を忘れた)で初めて観た時は、電車の音が気になって全く印象に残らなかったんだけど、改めてこの映画を観て「映像がきれいだと映画に説得力が加わる」ことが分かりました。
独特なヒッチコックの撮影方法・・まるで劇画のコマ割りのようなカット割りや意味深なカットが随所に散りばめられ、主人公:ジェームズ・スチュワート、キム・ノヴァクの的確な感情表現が観る者の感情移入を助け、屋内セットのおしゃれな小道具たちや役者が着るコスチュームなどが映画に色気を与えてくれる。結末が分かっていても十分楽しめる映画になっています。

「サイコ」も「鳥」も「裏窓」もそれなりに面白いし、画面がきれいだから何度観ても楽しめるが、今回は「めまい」が一番素晴らしかった。特典映像では、どうやって昔の古いフィルムをデジタル化したかの説明があって、この過程がないと今回の感動もなかったのかもしれないと思うと、他の映画もちゃんと時間をかけてデジタル化して欲しいなぁと、つくづく思います。

 

 

2023年10月21日(土

<Macでブルーレイ・・その5、その6>

クワイ

ブルーレイ画質★★★☆☆(まあまあ)

『戦場にかける橋』は、1957年公開の英・米合作映画。第30回アカデミー賞作品賞受賞。題名の「戦場にかける橋」とは、タイのクウェー川に架かるクウェー川鉄橋を指す。
製作会社はコロムビア映画で、監督はデヴィッド・リーン。フランスの小説家ピエール・ブールの『戦場にかける橋』を原作にリーンらが脚色。

1943年のタイとビルマの国境付近にある捕虜収容所を舞台に、日本軍の捕虜となったイギリス軍兵士らと、彼らを強制的に泰緬鉄道建設に動員しようとする日本人大佐との対立と交流を通じ極限状態における人間の尊厳と名誉、戦争の惨さを表現した戦争映画。(Wikipedia)

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この映画の見どころは、俳優の演技ですね。主役のウィリアム・ホールデンよりも、英国軍大佐役のアレック・ギネス、少佐役のジャック・ホーキンス、日本軍大佐役の早川雪洲を観るだけでも価値があります。
特にアレック・ギネスは第30回アカデミー賞:主演男優賞を受賞し、この映画の5年後に同じ監督の「アラビアのロレンス」にも出演して、ここでも名演技を見せてくれます。ちなみに、ジャック・ホーキンスは「アラビアのロレンス」「ベン・ハー」など大作によく出ています。Amazonプライムで観た「絶壁の彼方に」という古い映画にも出ていました。こういうところで発見するのも古い映画のいいところ。

その他の見どころとしては、やっぱり橋の爆破をめぐる攻防で、ハラハラドキドキ。この為の映画ですからね。迫力あります。この撮影はスリランカで行われたのですが、山の斜面に広がる茶園もちらっと見ることができます。

クワイ

(ネットで拾った)リバイバル上映時のポスター

尚、僕は廉価版を買ったのでメイキングは収録されていませんが、「戦場にかける橋 4K ULTRA HD & ブルーレイセット」で観れるそうです。ただし、UHDなのに画質はそこまで良くないとレヴューには書かれていたので、通常盤にしました。


ナバロン

ブルーレイ画質★★★☆☆(DVDよりマシ程度)

買うつもりはなかったけど、「戦場に架ける橋」とペアで¥1,877と安かったし、持っていてもいいかなと思い購入しました。


1961年のイギリス・アメリカ合作映画。アリステア・マクリーンが1957年に発表した同名の小説を原作とする。1962年の第34回アカデミー賞の特殊効果賞、および第19回ゴールデングローブ賞の作品賞(ドラマ部門)を受賞した。同時に、音楽担当のディミトリー・ティオムキンは本作品において同ゴールデングローブ賞の音楽賞を受賞した。また本作はイーストマン・カラー、シネマスコープ作品として撮影された。(Wikipedia)

ナバロン島に鎮座する難攻不落のドイツ軍の巨大な砲塔を破壊するというお話。戦車戦や銃撃戦があるわけではなく、人間ドラマを中心に描かれている。

監督:J・リー・トンプソン
1950年代中期はサスペンス、コメディ、ミュージカル、社会派ドラマなど数多くのジャンルで演出を担当し、彼はしだいにイギリスで大きな評判をとるようになっていった。
そしてアレクサンダー・マッケンドリック監督の後任となって、メジャースタジオ製作のA級アクション大作『ナバロンの要塞』を発表し、彼はハリウッドでも名声を得ることとなった。同作でトンプソンは第34回アカデミー監督賞にノミネートされ、作品自体も作品賞にノミネート。また大ヒットして低迷期にあったグレゴリー・ペックの復活作となるなど大きな話題となった。
ペックとは『恐怖の岬』(Cape Fear 1962年)、『マッケンナの黄金』(1969年)、『0の決死圏』(1969年)でも組んでいる。(Wikipedia)

制作、脚本:カール・フォアマン
赤狩りでイギリスに亡命した製作兼脚色のカール・フォアマンは1957年に公開された『戦場にかける橋』の勢いでハリウッド復帰を目指し、豪華キャストで臨んだがケーリー・グラントとウィリアム・ホールデンに辞退されてグレゴリー・ペックに承諾され、ディーン・マーティンからデヴィッド・ニーヴンに変更された経緯がある。(Wikipedia)

グレゴリー・ペック
「ローマの休日」でファンになった僕は、機会があるごとに彼の映画をよく観ている。
1944年「王國の鍵」、1945年「白い恐怖」、1949年「廃墟の群盗、1949年「頭上の敵機」、1951年「艦長ホレーショ」、1953年「ローマの休日」、1962年「恐怖の岬」、1962年「アラバマ物語」、1977年「マッカーサー」
どれを観てもあまり代わり映えしない演技だけど、主演級スターはそれでいいのだ。

デヴィッド・ニーヴン
イギリス・ロンドン出身の俳優。しゃれた髭が特徴で、都会的な紳士役で長らく人気を博し「スクリーンの粋の化身」と称された。(Wikipedia)
この人も何をやっても「デヴィッド・ニーブン」なので、それほど好きではないがそれでいい。

アンソニー・クイン
メキシコ系アメリカ人の俳優、画家、作家。野性的な役柄でさまざまな国籍の人物を演じ、1950年代と1960年代を中心に国際的に活躍した。(Wikipedia)
特異な容姿のため、個性的な役が多いが、どれもうまくこなしているのはさすが。画面が引き締まります。

アンソニー・クエイル
戦後、舞台演出を手掛けたのち、本格的に俳優活動を始める。1985年、ナイトの称号を授与された。(Wikipedia)
この人も、アンソニー・クインと同じく幅広い演技で主役のジャマをしないで存在をアピールしています。「アラビアのロレンス」でもいい味出してます。

ナバロン

主演3人の後ろにいる青年は、そのころ流行っていたSFテレビ映画「タイムトンネル」に出ていた人物。アンソニー・クエイルよりイラストが大きいのはそのおかげですね。

配給:コロンビア ピクチャーズ
上映時間 157分

 

 

2023年10月19日(木

<Macでブルーレイ・・その4>

ポセイドン

ブルーレイ画質★★★☆☆(まあまあかな)

この映画は1972年に公開されたパニック映画ですね。

1969年に出版されたポール・ギャリコの同名小説をもとに、ロナルド・ニームが監督、アーウィン・アレンが製作。
アーウィン・アレンはSFテレビ映画で名を馳せた人で、『宇宙家族ロビンソン』(1965年 - 1968年)のヒットにより映画の仕事も手がけるようになり、その第一弾として選んだのがこの作品。だから、出演者や特撮にかなり力が入っています。

さて、この映画、日本でも1973年に公開され、大ヒットしたんですよね。アメリカ映画久々の大作だったし、雑誌等で「豪華客船がひっくり返る」ことが評判になっていたし、特撮好きの僕には興味津々だったし、ジーン・ハックマンが出ていることもあって、ロードショー館でもあった梅田の北野劇場まで足を運び、満員の劇場で大画面で観たんですよね。
大作と言われる映画ってだいたい大味なのが通説で、あまり内容には期待していなかったんだけど、予想に反して大号泣。古くさいけど「人情」に訴えかける演出に、昔のハリウッド映画が好きな僕にはピッタリでした。

この映画がヒットした理由のひとつに、当時の社会情勢があります。それをハリウッド映画の歴史とともに少し調べてみる事にしました。(文章はWikipediaをダイジェストしています。)

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<アメリカン・ニューシネマ>

1940年代までの黄金時代のハリウッド映画は、観客に夢と希望を与えることに主眼が置かれ、英雄の一大叙事詩や、正義の味方による勧善懲悪、夢のような恋物語が主流であり「ハッピー・エンド」が多くを占めていた。
1950年代以降、スタジオ・システムの崩壊やテレビの影響などにより、ハリウッドは製作本数も産業としての規模も低迷した。

アルフレッド・ヒッチコックやチャールズ・チャップリン、フリッツ・ラング、ウィリアム・ディターレ、ダグラス・サークといった戦前戦後を通じてヨーロッパから移住、亡命してきた映画作家たちや、ニコラス・レイ、アンソニー・マン、サミュエル・フラーらいわゆる「B級映画」とよばれる中小製作会社の低予算映画作家のなかにその萌芽はあった。

一方、ヨーロッパにおいては、1950年代中期ロンドンのフリー・シネマに始まり、1950年代末期から、フランスのヌーヴェルヴァーグ、ロンドンのブリティッシュ・ニュー・ウェイヴ、プラハのチェコ・ヌーヴェルヴァーグ、ドイツのニュー・ジャーマン・シネマ、映画『灰とダイアモンド』に代表されるポーランド派、スイス、ジュネーヴを中心とするヌーヴォー・シネマ・スイスが展開され、その後、シネマ・ノーヴォ、ニューヨークのニュー・アメリカン・シネマ、東京(羽仁進、大島渚ら)まで飛び火し、世界に広がるニューシネマ運動が起きていた。

いずれも若い監督による新しい感覚や手法を特徴としている。当時ニューヨークには、ヨーロッパからのドキュメンタリー作家や、現代美術作家アンディ・ウォーホル、スタン・ブラッケージ、ジャック・スミスら実験映画作家、ネオレアリズモの影響を色濃く受けたジョン・カサヴェテスらがそれに呼応していた。

60年代の代表的なニュー・シネマには『イージー・ライダー』『ウッドストック』や、『俺たちに明日はない』などがあった。
まだジャーナリズムの熱意が高かった60年代には、アメリカ市民がベトナム戦争の実態を目の当たりにすることで、ホワイトハウスへの信頼感は音を立てて崩れていった。戦争に懐疑的になった国民は、アメリカ政府の矛盾点に目を向け、若者のヒッピー化、反体制化が見られ、人種差別、ドラッグ、エスカレートした官憲の暴力性などの現象も顕在化した。そして、それを招いた元凶は、政治の腐敗というところに帰結し、アメリカの各地で糾弾運動が巻き起こった。

アメリカン・ニューシネマはこのような当時のアメリカの世相を投影していたと言われる。1967年12月8日付『タイム』は、『俺たちに明日はない』を大特集し、「ニューシネマ 暴力…セックス…芸術! 自由に目覚めたハリウッド映画」という派手な見出しの記事の中で、この新しい米国映画の動向をレポートした。

ニューシネマと言われる作品は、反体制的な人物(若者であることが多い)が体制に敢然と闘いを挑む、もしくは刹那的な出来事に情熱を傾けるなどするのだが、最後には体制側に圧殺されるか、あるいは悲劇的な結末で幕を閉じるものが多い。つまり「アンチ・ヒーロー」「アンチ・ハッピーエンド」が一連の作品の特徴と言えるのだが、それはベトナム戦争や大学紛争、ヒッピー・ムーブメントなどの騒然とした世相を反映していた。

低予算映画の流れにはロジャー・コーマンらがおり、アメリカン・ニューシネマの底辺部を、彼ら独立系の映画作家、映画プロデューサーが支えた。そこにはピーター・ボグダノヴィッチ、デニス・ホッパー、ジャック・ニコルソン、ピーター・フォンダ、アーサー・ペン、マーティン・スコセッシ、フランシス・フォード・コッポラらがいた。

70年代になると、『ポセイドン・アドベンチャー』(1972年)『タワーリング・インフェルノ』(1974年)を筆頭に、『ジョーズ』(1975年)、『ロッキー』(1976年)、『スター・ウォーズ』(1977年)、『スーパーマン』(1978年)といった明るい商業主義的な映画が人気を博すようになる。町山智浩は、敗戦により落ち込んでいたアメリカ国民が、”明るく希望のあるエンタメ作品”を求めたと、ニュー・シネマの終焉を良いことであると記述した。

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というわけで、これが『ポセイドン・アドベンチャー』がヒットしたひとつの理由です。
それから、僕にヒットした理由もちゃんとあります。
僕は子供の頃からテレビで公開されていた1950年代の古い映画(特にハリウッド映画)が好きで、高校時代には街の三番館(3本立て200円)に通い詰め、ハリウッド映画に精通していたこともあって、この映画にはかつてのハリウッド映画の匂いがプンプンしていたのでした。

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5人のオスカー受賞者(ジーン・ハックマン、アーネスト・ボーグナイン、ジャック・アルバートソン、シェリー・ウィンタース、レッド・バトンズ)を集め、架空の豪華客船「ポセイドン号」は、スクラップになる前にニューヨークからアテネに向けて最後の航海に出発する。大晦日の夜、ポセイドン号は津波によって転覆し、乗客や乗組員が船内に閉じ込められてしまう。様々な困難を迎える中、牧師が生存者のグループを安全に導こうとする姿が描かれる。

本作は1972年12月に公開され、全世界で1億2,500万ドル以上を稼ぎ出し、1973年の最高興行収入を記録した。また、アカデミー賞2部門、ゴールデングローブ賞、英国アカデミー賞を受賞した。

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出演者は次のとおり

ジーン・ハックマン】・・・『フレンチ・コネクション』で好きになった。
1967年にアーサー・ペン監督の『俺たちに明日はない』に主人公クライドの兄バック役で出演。翌1971年に出演したウィリアム・フリードキン監督の『フレンチ・コネクション』での演技が認められ、第44回アカデミー主演男優賞を獲得。
1974年『ヤング・フランケンシュタイン』
1978年『スーパーマン』

アーネスト・ボーグナイン】・・・『飛べ!フェニックス』でもいい演技をしている。
1955年『マーティ』で主演
1965年『飛べ!フェニックス』
1967年『特攻大作戦』
1969年『ワイルドバンチ』
1973年『北国の帝王』

レッド・バトンズ
1952年から3年間放送された自身のバラエティ番組『ザ・レッド・バトンズ・ショー』で人気を集めた。
1969年『ひとりぼっちの青春』

キャロル・リンレイ
『バニー・レークは行方不明』(1965年)

ロディ・マクドウォール
『わが谷は緑なりき』の主役級の末っ子役など、子役として数多くの映画に出演した。
1941年『マン・ハント』・・・Amazonプライムで観ました。
1962年『史上最大の作戦』や1963年『クレオパトラ』などの大作に出演
1968年『猿の惑星』シリーズ
1972年『刑事コロンボ』に出演

ステラ・スティーブンス
19歳の頃に生活費を稼ぐために『PLAYBOY』でヌードになりそれがきっかけで20世紀フォックスにスカウトされ、1960年代のアイドル女優として活躍した。1970年代以降は、B級映画やテレビドラマへの出演が多かった。
1966年『サイレンサー/沈黙部隊』
1970年『砂漠の流れ者/ケーブル・ホーグのバラード』

シェリー・ウィンタース
1943年に映画デビュー。
1959年『拳銃の報酬』・・・Amazonプライムにありました。

アーサー・オコンネル】・・・名脇役ですね。以下は見た映画
1941年「市民ケーン」
1955年「ピクニック」
1956年「バス停留所」
1959年「或る殺人」
1965年「グレートレース」
1966年「ミクロの決死圏」

レスリー・ニールセン】・・・ここではコメディーではなくシリアスな演技をしています。

監督:ロナルド・ニーム
イギリスの映画監督、脚本家、撮影監督、映画プロデューサー
1928年、アルフレッド・ヒッチコックの映画『ゆすり』へ撮影助手としての参加を機に映画界入り。デヴィッド・リーンらと映画会社を設立。撮影監督、脚本家、プロデューサーとしての活動を経て1947年に監督としてデビュー。

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原作:ポール・ギャリコ『ポセイドン・アドベンチャー』
脚本:スターリング・シリファント、ウェンデル・メイズ
撮影:ハロルド・E・スタイン
特殊効果:L・B・アボット、A・D・フラワーズ
音楽:ジョン・ウィリアムズ
主題歌:「モーニング・アフター」(The Morning After)
字幕:清水俊二

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またこの作品で当時パニック映画(ディザスター・フィルム)と呼ばれるジャンルが確立して、アーウィン・アレンを中心とするスタッフが、この時の特撮技術を活かし、2年後に『タワーリング・インフェルノ』を製作した。製作費1200万ドルは船のセット、転覆場面の撮影、1135万リットルの水に大半が消費されたという。まだコンピューターグラフィックの無い時代で全て実写であった。撮影には実在する豪華客船のクイーン・メリー号が使用された。
同年公開の『ゴッドファーザー』とほとんど同じ興行収入を記録する大ヒット作品となった。その結果、経営難にあった20世紀フォックスを立て直す存在となった。

 

 

 

2023年10月17日(火

<Macでブルーレイ・・その3>

天地創造

ブルーレイ画質★★★★☆

監督:ジョン・ヒューストン

AppleTVの予告編(といっても映画の冒頭の一部を切り取ったもの)を観て、きれいだったし、旧約聖書の有名な場面の映像化がどんなものなのか観てみたかったので買いました。
まあ、キリスト教の人向けなので、感動したか?と聞かれると困る。
フィルムノワール(暗黒映画)時代から活躍している監督だから、ひねりがあるかな?と思ったんだけど、普通に真面目に作った当たり障りのない超大作と言う感じでした。
ジョージ・C・スコットが出ているので彼の演技が観られただけでも損はしていない 。
以上。

 

 

2023年10月15日(日

<Macでブルーレイ・・その2>

2001

ブルーレイ画質★★★★★

監督のキューブリックが飛行機嫌いのせいで、全編スタジオ撮影。その分プリント状態が安定しているので、どのシーンを観てもブルーレイだからすごくきれい。デジタル化技術の進歩とともにこの映画も、ブルーレイから4K、8Kと深化し、最近ではオリジナルネガからデジタル修復しないオリジナルポジフィルムを生成して上映会を開いているそうな。ま、そんな映画を観られる可能性はゼロに等しいのだけど・・・。

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さて、『2001年宇宙の旅』は、スタンリー・キューブリックが製作・監督した、1968年のSF映画。公開当時僕はまだ中学生で、うちの学校は許可なく映画を見に行くことを許さない時代だったので、雑誌等で脚光を浴びてはいたが観ることはできず、道端のこの映画の看板を物欲しそうに眺めるのが精一杯でした。
この映画を鑑賞することができたのはリバイバル上映の時で、1976年頃だと思う。映画は予想通り素晴らしい出来で、前編を通して一切ストーリーの説明はせず、映像とわずかなセリフのみで話を進めることで、観ている側は余計なことを考える必要がなく、画面を眺めているだけで衝撃を受けるという体験ができただけでも、特筆に値します。もし仮に、説明があったとしたら、現在のようにこの映画が神格化されることはなかったと思われますね。

この映画の見所は、宇宙空間に浮かぶ宇宙ステーションに入る旅客機、ムーンベースに着陸する球体の宇宙船、ディスカバリー号の円形内部をジョギングする乗組員、と無重力空間を再現した印象的なシーンが多い。今では、こういうシーンをどのようにして撮ったのかを解説する写真やメイキングがたくさんあって、半世紀前の映画なのに未だに興味が尽きません。

特にコンピュータHALとの攻防はこの映画のハイライトで、ここだけ唯一分かり易いのは、「人間対コンピュータの駆け引き」が基本になっているからだと思う。このハラハラドキドキの場面がなければ、単なる抒情的な芸術映画で終わっていたかもしれない。

以下はWikipediaからのダイジェストと僕の覚え書きです。

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脚本はキューブリックとアーサー・C・クラークによって書かれ、クラークが発表した短編小説に触発されたものである。
この映画は、科学的に正確な宇宙飛行の描写、先駆的な特殊効果、曖昧なイメージで注目されている。キューブリックは、従来の映画や物語の手法を避け、台詞はほとんど使わず、音楽だけの長いシークエンスがある。サウンドトラックには、リヒャルト・シュトラウス、ヨハン・シュトラウス2世、アラム・ハチャトゥリアン、リゲティ・ジェルジュなどのクラシック音楽が多数使用されている。
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2001年宇宙の旅
2001: A Space Odyssey

監督、制作 スタンリー・キューブリック
脚本 スタンリー・キューブリック、アーサー・C・クラーク
出演者 キア・デュリア、ゲイリー・ロックウッド
撮影 ジェフリー・アンスワース、ジョン・オルコット
配給 MGM
公開 アメリカ合衆国 1968年4月、日本 1968年4月、イギリス 1968年5月
上映時間 142分
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[あらすじ]

第一部:人類の夜明け(THE DAWN OF MAN)

人類が文明を築く400万年前、ホモサピエンスの祖先であるヒトザルが、荒野で飢えに苦しみながら生存競争を闘っていた頃。ある日、ヒトザルたちの前に黒い石板のような謎の物体「モノリス」が出現し、サルたちは驚きながらも恐る恐るそれに触れる。やがて一体のヒトザル(月を見るもの)がモノリスの知能教育により、動物の骨を道具・武器として使うことに目覚め、獣を倒して多くの肉を食べられるようになる。ヒトザルたちは、水場をめぐって対立する別のヒトザルの群れにも骨を武器として対戦し、敵のボスを殺害する。水場争いに勝利した「月を見るもの」が、歓びのあまり骨を空に放り上げると、これがカットつなぎで一瞬にして最新の軍事衛星に変わる。

月に人類が居住可能になった時代。アメリカ合衆国宇宙評議会のヘイウッド・フロイド博士は、月のティコクレーターで発掘された謎の物体「TMA・1」、通称「モノリス」を極秘に調査するため、月面クラビウス基地に向かう。途中、宇宙ステーション5でソ連の科学者たちに会い懇談するが、「クラビウス基地が閉鎖されているが、いったい何が起きているのか」と質問され、フロイド博士は回答を拒む。
月面基地に着いたフロイド博士は、会議室で今回の事態の重要性について訓示し、TMA-1の発掘現場へ向かう。調査中、400万年ぶりに太陽光を浴びたモノリスは、強力な信号を木星に向けて発した。TMA-1は、あのヒトザルたちが月に到達するまでに進化したことを告げるセンサーだった。

第二部:木星使節

18か月後、宇宙船ディスカバリー号は木星探査の途上にあった。乗組員は船長のデヴィッド・ボーマンとフランク・プール隊員、出発前から人工冬眠中の3人の科学者と、史上最高の人工知能HAL(ハル)9000型コンピュータであった。
順調に進んでいた飛行の途上、HALはボーマン船長に、この探査計画に疑問を抱いている事を打ち明ける。その直後、HALは船のアンテナ部品=AE35ユニットの故障を告げるが、ボーマンがユニットを回収して点検すると、問題は見つからなかった。HALの異常を疑ったボーマンとプールは、その思考部を停止させることを決める。しかし、ふたりの密談を読唇して察知したHALが、それを阻止しようと乗組員の殺害を決行する。
プールは船外活動中にポッドに衝突されて宇宙服を壊され、人工冬眠中の3人は生命維持装置を切られてしまう。別のポッドに飛び乗ってプールの救助に向かったボーマンは、遺体を回収して戻るが、HALに入船を拒絶され、止む無くプールの遺体を放し、ポッドのハッチを爆破してエアロックに突入する。
唯一生き残った乗員となったボーマン船長は、HALの思考部を停止させるべく、ユニットを取り外していく。HALは助命嘆願を繰り返すが、次第に知能を失い、遂には「デイジー」の歌を歌い始め、録音テープが失速するようにして止まる。すると、木星到着後に搭乗員全員に開示される動画が再生され、探査の真の目的であるモノリスの件をフロイド博士が語る。

第三部:木星 そして無限の宇宙の彼方へ

ディスカバリー号が木星の衛星軌道付近に到達すると、ボーマンは近くに浮かぶ巨大モノリスを発見する。ポッドに乗って接近して行くと、巨大モノリスは漆黒の闇に消え、そのあたりの空間から発した光の奔流がポッドを呑み込み、めくるめく異次元の光景が次から次へと押し寄せて来る。
やがて、閉鎖された王朝風の白い部屋にポッドごと到着すると、そこでボーマンは、年老いて行く自分自身を順々に発見する。遂には老衰してベッドに横たわるボーマンの前に、あのモノリスが現れ、彼がそれに向かって手を差し伸べると、光に包まれた胎児に変貌する。ボーマンは、人類を超越した存在=スター・チャイルドへと進化を遂げた。
そして胎児は太陽系へと戻り、地球を見下ろしながら、これから自分が成すべきことについて思いを巡らせるのだった。
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<作品解説>

1964年に公開された「Dr.StrangeLove」(邦題・博士の異常な愛情)で高評価を得たキューブリックは、科学ノンフィクションを読み漁り、さらに意欲的な”語り草になるような良質の空想科学映画作品”の構想を練っていた。
アーサー・C・クラークと互いの頭の中の知識をやり取りし、ファーストコンタクトを題材とした映画制作と小説(兼・脚本)の並行作業という形で話は決まり、クラークはホテル・チェルシー1008号室にて執筆に取りかかる。
撮影は1965年12月30日に開始し、イギリスのMGM-British Studiosを中心拠点にして進められた。翌1966年5月までに俳優の演技シーンを撮り終えたが、SFXシーンの完成までさらに1年半以上を費やした。製作費は予定の600万ドルを大きく超過し1050万ドルに達した。
映画は70mmシネラマ規格で制作された。
キューブリックは映像表現にシネラマスクリーンでの上映効果を最大限に狙っている。視覚効果では「Dr〜」でB-52の特撮を担当したウォーリー・ビーバーズのほか、ダグラス・トランブル、コン・ペダースン、トム・ハワードなど少人数しかクレジットされていないが、実際には巨大なプロジェクトであり、視覚効果デザインの上で科学考証に多くの科学者、研究者が参加している上、撮影でも10年を経てイギリスで特撮チームを率いることになるブライアン・ジョンソン(『エイリアン』1、2)、ゾラン・ペリシック(『スーパーマン』)、マット画合成を担当したリチャード・ユリシッチを含むデザイナー、撮影や現像、合成、アニメーションのスペシャリストが多数参加している。

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<難解とされるラストシーンの解釈>

ボーマン船長の旅のストーリーの結末をどうするのか、ラストシーンは脚本草稿の段階で、アーサー・C・クラークによって複数のパターンがキューブリック監督に提案されたが、いずれも監督の納得のいくものではなく、いくつものアイデアが却下された(『ボーマンが異星の宇宙船の傍らに立っている』や『信じられないほど優美なヒューマノイドと出会い旅立っていく』など)。
『何回書き直し、何回行き詰まったか、数えることもできない。かなり落ち込んでいる』と当時の状況を著書『失われた宇宙の旅 2001』の中でクラークは書いている。最終的には『ボーマンが子供へ逆行し、結末では赤んぼうとなって軌道上に浮かぶ』というアイデアが採用されることに帰着した(『失われた宇宙の旅 2001』より)。

クラークの小説『2001年 宇宙の旅』では結末は『モノリスから、人間を含む多くの種族が誕生したのだ』となっている。これはつまり、「究極に進化した地球外生命体の“遺物”であるモノリスにより、人間は太古の昔より進化をしてきたが、今度は人間が(ボーマン船長が)肉体を離れて精神のみの生命体へとさらなる進化をする。宇宙にいる多くの種族がそうして進化をしてきたように、人類もようやくその仲間入りをし、宇宙の一部になったのだ。それが地球外生命体の目的だった。」という結末であり、それを「宇宙空間に胎児の姿で浮遊する」というビジュアルで表現したものであった。

当初クラークは、難解なストーリーの内容の観客への理解を促すために、映画全編にわたって説明用のナレーションを多数書き上げていたが(脚本にはナレーションが記載されている)、映画ではそれらは全く使われることはなかった。「言葉で説明をしてしまうと、せっかくの未知の世界との遭遇が、陳腐なものになってしまうから」とキューブリックは判断したのだ。しかし、ラストシーンを含め、それでも、映像だけでこの本来のストーリーを解釈するには、説明不足の感は否めない。映画以外の資料を参照して、初めて物語の起承転結を理解できる。

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この映画が今でも支持されているのは、嘘っぽさがない「真実味のあるデザイン」があるからだと思う。宇宙ステーション、宇宙船、ムーンベース、モノリスの発見場所、宇宙船ディスカバリー号の撮影、宇宙服、ミニポッドの動き、どれをとっても「本物」に裏打ちされた(ように見える)未来像。
2001年はとっくの昔に過ぎ去ってしまったけど、まだまだ映画のような現実は実現しそうにない。だから、この映画に価値があるのかもしれない。まだ見ぬ「2001年の夢」があるかぎり、この映画は輝き続ける。

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ここからは僕の資料をお見せします。

公開当時に「少年マガジン」に載った特集記事です。

マガジン

マガジン

マガジン

こういう写真を見せられて、興味が湧かない方がおかしい。
だけど、キャプションは適当に書かれたもので、公開前に写真だけ渡されて書いたもののようです。
次は、同じく「少年マガジン」のこの映画の説明です。

マガジン

マガジン

マガジン

以下はネットで収集したもの。

ステーション

ホイール

ページの下に「スターログ 1998」とある。
下が実際のセットの写真です。

ホイール

スーツ

造形と色彩感覚は今でも色あせていない。

 

2023年10月13日(金

<Macでブルーレイ>

ゲーム「ゼルダの伝説:ティアーズ・オブ・キングダム」を、やっと昨日「止める!」決意をして、ゲーム機(Swich lite)を箱にしまい込みました。
5月15日から5ヶ月間、ちょっと長かったなぁ。 毎日2時間はやってたから腕の筋肉が痛くなって、もう少し早く止めるべきだったと後悔してますが。

さて、季節も秋に変ったことだし、また新たに日記をつける事にしました。2ヶ月ぐらい前からブルーレイディスクを買い始めて、やっと10枚程に達したので、これから少しずつ、鑑賞結果を書こうと思っています。

ところで、なぜ今頃(僕は)ブルーレイなのか?

今時の映画はネット配信が主流だし、TUTAYAも実店舗はないからレンタルもできないし、僕自身Amazonプライムに入っているから映画を観ようと思えば無料(会費は要るけど)で観られるし、レンタルも100円からあるし。
でもやっぱり、手元に持っておきたい映画もあるんですよね。それも高画質のものを。それにネット配信でも全て画質がいいわけじゃない。けっこうひどい画質のものもあって、そういうのを見せられたら、かつての感動も無意味になってしまう。
緻密さにかけてはやっぱりブルーレイなんですよね。それをMacで観たい!と。ディスク自体もようやく廉価版が出揃ってきたので、僕でも余裕で買う事ができるようになってきたっていうものあるし。

ただちょっと敷居が高かったのは、Macはブルーレイをサポートしていないということ。ソフト(アプリ)がないと観ることができない。それにディスクドライブは何がいいのか?これを調べるのに1ヶ月ぐらいかかりました。
結局、アプリは「Macgo Blu-ray Player」(約1万円)にしました。・・これでiMac(5K)とMacbook Air(Retina LCD)の両方で観れます。
プレーヤーはパイオニアのフタが上に開くタイプのもので約12,000円。・・他のメーカーの物は壊れやすそうだったので。

さてさて、記念すべき1枚目は熟考の末に「アラビアのロレンス」に。金額は廉価版で1,500円

ロレンス

ブルーレイ画質★★★★★

『アラビアのロレンス』(Lawrence of Arabia)は、T.E.ロレンスの生涯とその著書「智恵の七柱(英語版)(1926年)」に基づいた、英国の壮大な歴史映画。1962年公開、デヴィッド・リーン監督、ピーター・オトゥール主演。

上映時間は、公開時は207分、のちに1988年に監督自らが未公開シーンを再編集して227分の完全版が上映されたそうです。日本で公開されたのは1963年、小学生だった僕がこんな歴史映画を見るわけもなく、僕が観たのはリバイバル上映時(1970年代後半)ですね。その後、レーザーディスクを買って27インチのテレビ画面で観ることになるのが1990年代、そして今回13インチのMacBook Airでの鑑賞となりました。

撮影を担当したのは、4人ほどいますが、代表者はフレディ・ヤングとなっています。70ミリの大スクリーンを想定して撮影しているので、大自然を表現するために砂漠の果ての断崖絶壁の下の方に小さく人物が映っていたりするのが面白い。

この映画は、劇場で1回、レーザーディスクで1回観ているのでどれぐらい「画面がきれい」なのかは知っているし、持っていて損はない映画なので、このコーナーの1枚目にふさわしいですね。
アラビアの歴史に興味のない(詳しくない)人でも、主人公ロレンスの人物像と共にアラビアの砂漠を壮大なスケールで映像化したこの映画を「今まで観てきた映画のトップ10」に挙げる人は多いと思う。

この映画が公開された1960年代は、70ミリ映画の全盛期で、通常の35ミリフィルム映画の倍の大きさのフィルムで撮影されたものを映画館の大スクリーンに映し出すわけだから、圧倒的に緻密な映像なわけで、砂漠の地平線の彼方から陽炎のように現れるラクダに乗ったアラブ人や砂漠を走る機関車が爆破され脱線するシーンは誰の記憶にも残り、「もう一度観てみたい」と思わせるに足る映画ではあります。
熟考の末にブルーレイの最初の1本にこの映画を選んだのも、そういうシーンが観たいからでした。

制作はサム・スピーゲル
出演者には、アレック・ギネス(スター・ウォーズ)、アンソニー・クイン、アンソニー・クエイル、オマー・シャリフと僕の好きな演技派が多数出ています。

ちなみに、映画「エイリアン」の前日譚を描いた「プロメテウス」に出てくるアンドロイド「デヴィッド」は、ロレンスを演じたピーター・オトゥールに似せた容姿になっていて、監督リドリー・スコットのデヴィッド・リーンへの「想い」が感じられます。

アラビアのロレンス


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